1. 金融そもそも講座

第44回「グローバルマーケットの中で」

各国における金融政策の有効性の低下は、それぞれの国がグローバルな経済や市場に飲み込まれ、その波動を都度受けていることでも生じている。無論、各国の経済がグローバルな需要や交易によって助けられていることも確かで、一方的ではない。しかし、こと金融政策に限ってみるとグローバル環境が制約条件になっているケースが多い。

デフレの海外要因

今の日本経済が直面している「デフレ圧力」と、それと対峙しながらも物価の望ましい小幅な上昇を生み出せない日銀の政策を考えてみる。日本のデフレ状況にはいくつかの複数の要因がある。需給ギャップも大きいし、デジタル製品の劇的な価格下落圧力も大きい。一時は1インチ1万円といわれた液晶テレビのその後の大幅な値下がりで、一部では2千円になっているのが象徴的である。国内のデフレ要因は大きい。

しかし筆者は、数多くの国を取材して、日本のデフレ圧力が“海外発”であることも目撃している。例えば2008年にベトナムを取材したときに、ホーチミンやハノイの工場で働いている若年労働者の月給が約8000円であることを知って衝撃を受けた。日本のちょっとレートの高いアルバイトでは、一日分の金額である。それだけ労働賃金が安いから日本を初めとして台湾や韓国、それに中国の企業の工場が次々に進出しているのだ。製品製造コストの中で高い比率を占める労働賃金がこれだけ安いということは、日本の輸入物価がその分安くなることを意味する。

海外生産製品が安い人件費でできるとなると、国内で生産される同種の製品は“汎用”ではなくなる。つまり一部のマニアや高い品質のものに拘る消費者は国産に残るかもしれないが、大部分の人はベトナムなど途上国の労働者が作ったものを使うことになる。例えば我々が使っているノートパソコンのほとんどが台湾のOEMメーカーがベトナム工場などで作ったもので、それが各メーカーのブランドとして売られている。最近、筆者は「日本国内で組み立てたvaioです」という製品を見つけた。他の同社製品より割高だった。それはナイスなことだが、逆に言えばその他の多くの製品が実は「海外産」であって、そうした国内産からの切り替わりの中で日本の物価下落圧力が生まれているといえる。

制御不能な原油高

逆のケースもある。ガソリンの元になる原油は、優れた国際商品である。つまり世界経済における需給と、時に投機マネーの動きの中で相場が決まっている。それが1973年の第一次石油ショック以来続いている。

それから40年以上の歴史の中で、原油相場は時に急騰し、時に急落した。国内で使われる原油の90%以上を輸入している日本は、いかんともしがたく、この代表的な国際商品である原油の相場変動に揺さぶられてきた。備蓄をしてはいるが、日々の価格変動をならせるわけでもなく、原油相場の変動は時に日本の経済活動や物価に決定的な影響を与えてきた。価格が急上昇すれば、電力料金が上がり、ガソリン価格も影響を受け、各種の石油派生商品の価格も上昇した。つまり日本の物価には強い上昇圧力がかかった。1970年代が顕著だったが、今でも世界の、そして日本のエネルギーの中心である原油相場の変動が持つ経済、物価への影響力は大きい。

重要なことは、日銀を含めて世界の中央銀行は、この原油相場をコントロールするすべを全く持たない、ということだ。無論、景気を強く冷やして商品相場にブレーキをかけようとすればできる。しかし、世界の中央銀行の中には、「物価の安定」と同じくらい「雇用の維持」を使命としているところが多い。だから「景気を冷やすまで引き締める」ことはなかなかできない。よほどインフレ抑制の必要性が高いときは別だが、通常は景気を引き締めると雇用は減少するから政治家もそれを望まない。

世界に制御する機関なし

世界的な商品相場の上昇などを話し合うとなれば、今までだったらG7やG8の仕事となる。「G」は「great」ではなく「group」のそれで、普通は「先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議」(または“8カ国”)と訳される。だから、日本など主要国の中央銀行の総裁や議長はこうした国際会議に出席している。しかし、G7やG8は多くが「消費国」の集まりである。

消費国グループの反対側には生産国グループがある。原油だったらOPECだ。しかし、OPECがすべての原油生産国を代表しているわけではないし、生産国の中には消費国サイドの要求を快く思っていない国も多い。だからG7やG8側の価格上昇時での「増産要請」がすんなり実行されることはない。それはG7もG8も国際商品の価格変動をコントロールする手段を持たないということだ。

G7やG8の影響力の低下も顕著だ。今の世界を見ると成長力が高いのは膨大な人口を抱える途上国、特に中国やインドだ。世界全体のGDPに占める先進国の割合は落ち、途上国のシェアが増大している。つまりG7やG8は“消費国の代表”でもなくなっているのだ。生産国を代表するわけではないOPECと、消費国を代表するわけでもないG7やG8は時々“対話”をする。しかしその対話から大きな成果が生まれたことはほとんどない。

今の世界ではG7やG8に代わってG22などが世界経済の司令塔を目指している。しかし22カ国も集まる会議で何か重要なことが決まる可能性は少ない。一つの国が5分話しても、終わるのに2時間弱かかる。しかも議論百出が目に見えているからだ。だから“新G7”(欧州の弱小国を落として中国やインドを入れる)などの構想があるが、外される国が反対するから「入れ替え」は容易にはできない。

ということは、各国の中央銀行は自国経済に大きな影響力を及ぼすいくつかの海外要因、具体的には海外諸国の賃金レベル、国際商品価格などに全く影響力を行使できないのだ。しかも重要なことは、経済のグローバル化の中で海外要因が増えているということだ。グローバル化が進めば進むほど、各国中央銀行の当該国経済に対するコントロール力は低下していくことになる。

そんな事態に対処する方法はないのだろうか。今の世界銀行とは違う「世界中央銀行」は役立つのだろうか。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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