1. 金融そもそも講座

第58回「材料の、その“奥”を読む」

どこかに脆弱(ぜいじゃく)な印象を残しながらも、年初来の相場はしっかりした展開を示している。リーマン・ショック後の高値に迫ったニューヨーク株を中心に、欧州の株価も上昇してきた。スタンダード・アンド・プアーズが欧州9カ国の格下げを発表して、「今後、欧州はどうなるのか」と懸念が高まったことがパラドックスのように、世界的な株価反騰のきっかけになった印象さえする。今回は相場ではなぜそんなことが起きるのかを“そもそも講座的”に考えてみたい。

相場の原則は“先取り”

常に先を見て資金を動かさざるを得ない市場関係者が「(材料の)先取り」を原則に取り引きをしているのに対して、市場を外側から見ている人たちの多くは市場の動きを従来の知識の範囲で合理的に説明しようとする。つまり皆が知っている材料を並べて相場の動きを“きれいに”解説する傾向があることだ。

相場を解説する人は、テレビやラジオ、新聞などに数多く登場する。彼らは実際には取り引きをしていないが、証券会社などのマスコミ対応窓口として一般の人々に相場の動きを解説する役割を担っている。マスコミも、今の相場の展開を“理路整然”と説明してくれる人に解説を頼りがちだ。なぜなら、「(この相場の動きは)よく分からないですね」「私も不思議に思っているのですよ」などといわれたら、番組そのものが成り立たなくなってしまう。

しかし、実際に相場に携わっている人の資金の動かし方は、「材料オリエンテッド(依存的)」でないケースが多い。いくら株式相場に良い材料があっても、投信の運用者は大口の解約があったら、その分を売らなければならない。また、国別、銘柄別の運用比率(社内で決めているケースが多い)がゆがんできたときにはそれを是正する行動(売買)をしなければならない。「保有資産の格付けはどのレベル以上でなければならない」という社内ルールを持っている機関投資家は、格付け会社の格の変更で外的要因とは全く関係ない理由で、ある国債を売り、その分、別の国債を買わなければならないケースもある。「運用資産に占めるキャッシュ比率の変更」なども、個々の材料というよりは、社内ルール的視点で変更されることがある。それは外部には分からない。ということは、相場の動きについて“理路整然”と間違った解説をされることもあるのだ。

要するに誰も分からない

こうした機関投資家の内部事情に伴う資金の動きは、それが実際に起きた後しばらくしてでなければ、外部にいる人間には分からない。市場に参加している投資家(機関投資家、個人投資家を含めて)は無数にいるから、その全ての投資家の事情を知り尽くしている人などいない。となると、実際には今なぜそのことが起きているのか語り尽くせる人はいない、ということになる。

相場の世界の歴史をひも解いてみると、長く勝ち続けるのがいかに難しいのかが分かる。“相場師”と呼ばれる投資家人生を失敗なく終えた人は数えるほどしかいない。大部分は、一時注目されてもしばらくすると消えていく。なぜなら、その環境下ではその相場師のやり方が合致していて大きな利益が出たとしても、周囲の環境も時間の経過とともに変わるからだ。1989年までの日本の相場では、長期保有、買い先行の人が実績を残した。しかし、その後の相場は「日本の株は買っていればどうにかなる」ということではなくなった。時には、短期で売る判断といったテクニックが必要なこともあるのだ。

買いも売りも両方に強い、現物も先物も、そしてオプションもよく知っているなどという相場師はなかなかいない。相場には大きなトレンドがあり、その方向転換は知らないうちに始まっている。それに乗り切れる人は少なく、成功体験を捨てながら人生を歩むのは非常に難しいのだ。

相場自身の力も

環境が変わろうとも、マーケットそのものは厳然として存続し続ける。そしてマーケットを解説する人間も常に必要なのが現実だ。ということは、説明と実際の相場の動きは実は常に食い違っていると考えるのが自然である。問題はどのくらい離れているのか、解説を聞きながら投資をしている人がどの程度“読めるか”にかかっているといえる。相場は、理路整然とした説明の範囲をはるかに越えて動く。

マーケットが先読みで動くということは、マスコミで長く取り上げられたような材料は素早く相場に織り込まれていて、相場が「新しい現実」を受け入れた上で、「その後」を求めて動き始めていることが多い。確かに欧州の債務危機は深刻だが、この材料は、随分と長くマーケットを揺さぶってきた。その過程で、「だからといって世界経済が大混乱になることはない」「例えユーロが崩壊しても、世界の大勢にとってはそれほど重要ではない」ことなどが分かったといえる。

スタンダード・アンド・プアーズの格下げこそがユーロを巡る不安感であり、具体的には「フランスが最上位格から落ちたら何が起きるか」といった不安感が市場から解放されたことを意味する。不安感がなくなれば、むしろ相場は新しい均衡水準を探す。その繰り返しだ。だから、その材料が長く語られれば語られるほど、実はその材料は希薄化していることになる。

そこで非常に重要になるのは、第53回 相場自身が持つパワーをいつも念頭に置くことだ。株価指標で10%も動けば、魅力もデメリットも大きく違ってくる。上がれば上昇余力がなくなって魅力は薄れると考えられるし、「下げても世の中は終わらない」と考えれば、その相場には絶対的な魅力が出てくることになる。

材料中心に相場を考えると、「こんなに悪い材料が並べば相場がどこまでも下げる」「良い材料が多いと逆にどこまでも上がる」と考えがちだが、そんなことはない。悪い材料が多ければ多いほど、相場が大きく反騰するケースもある。その逆も真だ。「相場はいつも不可解なものだ」という認識を頭に置いておけるかどうかが、マーケットを理解する第一歩なのだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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