欧州危機が「なぜ起きているのか」という前回に続いて、今回は「今後どうなるのか」ということで、欧州の財政債務問題を再び取り上げる。
できあがった合意
欧州は12月初めに重要な決定を行っている。前回述べたような「自分たちは世界の中心だ」という意識を捨て、“実力相応”に戻るための第一歩であり、甘えのある財政政策に規律を持たせるための措置である。EU加盟27カ国のうちイギリスを除く26カ国が同意して成立した。その内容は以下の通り。
- 1. EU条約の改正ではなく政府間合意の形で各国の財政赤字レベルをGDPの0.5%以内にとどめる。それを各国で法制化する
- 2. 赤字が対GDPで3%を超えた場合は、EUとして自動的に制裁を科す
- 3. 財政難に陥った国を資金面で支援する欧州安定メカニズム(ESM)の設立を当初の計画より早め2012年7月にする
- 4. 欧州各国がIMFに融資をして、IMFを通じて欧州各国が融資を受けられる仕組みを作り、欧州以外の各国の参加を求める
イギリスが反対したのは、「主権・国益を侵害する可能性がある」というもので、金融街シティにとって不利なことなどが理由に挙げられた。当初はこのイギリスの姿勢に関して「欧州における孤立」が懸念されたが、その後の国内世論調査ではキャメロン首相の支持率が上昇している。欧州は複雑なのだ。また他の欧州の国々は、主権の一部喪失のリスクを犯してこの合意に賛同したが、まだ「国民投票を必要とする可能性がある」など、最終的承認を今後に委ねている国もある。合意自体がまだ流動的ということだ。
この一連の合意で本当に欧州は実力相応に戻れるだろうか。また、危機を過去のものとできるであろうか。恐らく答えは「ノー」だろう。なぜならこの合意ができあがったのは12月初めだが、市場の評価の厳しさを端的に示すように、その後も欧州ではイタリアの国債利回りが危険水準といわれる7%を超えたりしている。格付け機関が欧州の国、国債、それにこれら諸国の銀行に対する格付けを引き下げる動きも示している。なぜか?
問題がある実効性
それはこの合意そのものが問題を抱えているからだ。まず「3%条項」(財政赤字が対GDPで3%を超えた場合はEUとして自動的に制裁を科す)については、ドイツを含めて欧州各国は「違反常習国」である。今までも違反してきた。これから「違反しない国になる」保証はどこにもない。加えて、違反国に対して“制裁”を科すといってもEU補助金の没収などあまり実効的とはいえない項目が候補に挙がるだけで、詳細は今後(2012年3月がメド)の詰めが必要だ。ここでも一騒動あるに違いない。
加えて今回の合意は、ガイトナー米財務長官を短期間に何回も派遣した米国の期待を満たす水準に達しなかった。同国のカーニー大統領報道官は、「EUがまとめた危機対策は不十分。IMFへの資金拠出にも応じない」と切って捨てた。同氏は「進展の兆しはある」としながらも「一層の取り組みが必要なのは明白だ」と強調し、EU新基本条約制定やユーロ共同債で合意できなかったことに不満を隠さなかった。
欧州の合意は、市場の期待も裏切った。実はマーケットが期待していたのも、まさにこのユーロ共同債や、“バズーカ”と呼ばれる欧州中央銀行(ECB)による欧州各国債券の無制限の購入である。この二つに関しては、合意そのものが見送られた。ともにドイツが強く反対したためだが、市場は「ドイツの論理(節度や倫理が崩れる)は分かるが、欧州は武器なしで自己規律を達成し、危機に陥った国が再び出た場合には救えるのか」と問うている。
動いた格付け会社
動いたのは、格付け会社である。ムーディーズ・インベスターズはベルギーの格付けを一挙に二段階引き下げて「Aa3」にした。その理由はベルギー固有の問題というより、「ユーロ圏の債券市場の悪化」だった。つまり「欧州への評価」としてベルギーの格付け引き下げをしたのである。この文章が公開される年末には、その他の格付けの見直しも公表されているかもしれない。
全般的に進むのは、欧州各国の調達環境の悪化である。格付けが引き下げられると顕著になるが、利回りの上昇だけでも各国が市場で借り換えをする際のコストの上昇が進むことになる。国家債務が大きいところにきて借入金利が上がることは、各国の政府財務の悪化につながるし、安定基金への拠出を含めて欧州各国の景気対策費も減少することになる。欧州各国で財政均衡化への努力が進まなければ、全体的な状況悪化への歯止めはかからないことになる。
一番重要なのは各国の国内政治状況だが、それぞれの国では財政の緊縮に関して根強い反対がある。イタリアでは、緊縮財政を進めるマリオ・モンティ首相(もともとエコノミストであることは既に取り上げた)や、その閣僚に対して暗殺予告まで出ている。権利意識が強い欧州各国では、労働組合など様々な団体が「緊縮予算反対」の声を挙げており、既にイギリスがEUと距離を置く中で「一体化を強める欧州」の実現は一筋縄ではいきそうもない。
今後、欧州がたどりうる道は次の3つが考えられる。
- 1. イギリスが抜けた形で財政統合の道を突き進む。より一層強固な同盟に深化する
- 2. “統合”から脱落する国が増える中で、実質的にいくつかの固まりに分化していく。例えば、フランス・ドイツを中心とする中北欧グループだけが残るか、経済力が弱い南欧グループとの2グループになるか
- 3. 統一通貨ユーロ(17カ国が加盟)が崩壊し、それぞれの自国通貨に戻る
「3」の可能性に関しては、国際的企業や欧州の一部の国で準備に入っているところもあるといわれる。というのは、企業にとっては会計システムの変更を伴うことであり、国にとっては実際に紙幣を印刷しなければならない問題があるからだ。その場合には大きな混乱が生ずるが、メリットとしては「競争力のない国は弱い通貨を武器にできる」ことで、欧州の経済は安定するという見方もある。
いずれにせよ、欧州の問題は2012年にまで尾を引くことは確実である。ちなみにユーロは2002年1月1日に現実通貨となった。筆者はわざわざベルリンに行って新しいユーロ紙幣の発行を目撃した。あれから10年。時代の変化は激しい。2012年も、多事多難だった2011年に劣らない大きな動きのある年になりそうだ。