1. 金融そもそも講座

第146回「中国で苦悩する米FRB」

前回は「今のマーケット激震の張本人」としての中国を見たが、その影響は世界第一位の経済大国米国の中央銀行であるFRBの決定にまで及んだ。そしてそれがまたマーケットの不安感を強め、世界の株価は落ち着きを取り戻せていない。なぜそうなのか。影響が大きいので、今回はこの問題を取り上げる。連載している「各国経済の強さと弱さ」のフランスの続きはその後に掲載したい。

続く市場の動揺

まず2015年9月中旬(16、17日両日)に開かれたFRBの政策決定機関「FOMC」の決定事項を見てみよう。それは「フェデラルファンド金利(FF金利)の誘導目標を現行の0ないし1/4パーセントに据え置くのが適切」というものだった。つまり実質ゼロ金利の維持であり、一部で予想された利上げは見送りというものだった。読者の皆さんはご存じであろう。通常金利が上がらずに据え置かれると株価には好材料となる。低金利は企業活動を活発化させるし、債券利回りが株の競争相手になることもないからだ。しかしFOMC後の世界の株価は大きく動揺して下げた。

なぜか。それはもっぱら据え置き理由による。声明は発表文の中で「最近のグローバルな経済と金融情勢の変化は、経済活動をいくぶん抑制するかもしれないし、短期的にインフレに対するさらなる下方圧力となる可能性がある」と書いた。このうち、最近のグローバルな経済と金融情勢の変化とは回りくどい表現だが、要するに中国経済の乱調を背景とする「世界経済の減速懸念」「商品相場の下落」「世界的な株価の変調」を指す。それだけ不安材料があったら米国経済は好調でも、危なくて利上げは出来ない、現時点での利上げは世界経済のバランスを悪くする、とFOMCが判断したことを意味する。

中国、中国……中国

実際にイエレン議長は据え置き決定・発表後の記者会見で「中国」という単語を何回も使った。つまり、利上げしなかったのは中国経済の成長率鈍化とその影響の広がりが不安だったからだ、と公言したようなものだ。これは逆に世界のマーケットに対して、中国は他国の中銀総裁が懸念するほど悪いのかとの印象を与えた。「据え置き」がかえって世界のマーケットを不安定にした一つの理由だった。

対して、米国経済に対する評価は高いものだった。声明もそうだし、記者会見でのイエレン議長の発言にも窺えた。FRBの使命(マンデート)は二つある。「最大限の雇用創出」と「物価安定(ディスインフレ時代には妥当な水準への引き上げ)」だが、雇用はかなり好転したとの判断だった。失業率が5.1%に低下し、就業者数も増えているから当然だった。問題は依然として目標から見れば低すぎるインフレ率だが、これは短期的な現象で、いずれ上がってくるというのがFRBの基本的なスタンスだ。ということは、中国経済への懸念(減速、それが世界に及ぼす影響)がなければ、米国は利上げしていた、と思わせる内容だった。

つまりここに一つの事実が残った。本来の米国経済は0.25%ほどの小幅利上げには十分耐えうるし、今後の米国経済の安定成長(インフレなき正常化した経済状態での)を考えれば、今回は利上げをしてしかるべきだった。しかし中国経済の変調と世界のマーケットへの打撃を考えると、利上げを見送る方が良いとの判断を下さざるを得なかった、というもの。これは考えてみればFRBの決定が、中国という国の存在で曲げられてしまったことを意味する。据え置き後のマーケットが不安定な理由、その二だ。

第三の使命

FOMCの据え置き決定に対する米国の専門家達の議論も紛糾した。「FRBは雇用創出、物価安定に続く第三の使命を作ってしまった。それは中国だ」というFRBの決定を非難するグループが登場する一方で、「世界経済は依存し合っているのだから、中国経済の変調にFRBが懸念や不安感を持つのは当然」「イエレンは正しい」と擁護するグループもある。

ここで一つ質問をしたい。今回の見送りで今後の政策をFRBはとりやすくなったのか、それとも難しくなったのか? 読者の皆さんはどう思うだろうか。筆者は後者だと思う。イエレン議長は記者会見で中国という単語を何回も使ったので、本当に今後中国経済がかなり悪くなり、それで世界の経済・マーケットが動揺したら、FRBは利上げできなくなるという論理構成になる。つまりFRBの政策も中国次第と。そこをイエレン批判派は、雇用、物価安定に次ぐ(FRBにとっての)第三の使命に中国がなったのか、と批判。

実は、米国経済にとって中国の位置付けは小さい。米国のGDPの7割は「消費」によって構成される。GDPに占める「輸出」の割合は13%に過ぎない。GDPの5割が輸出でできている韓国などとは違うし、日本の輸出依存度である14%をも下回る。米国の全輸出に占める中国向けは7%に過ぎない。

またFTがドイツ銀行の調査として紹介しているところによれば、「中国の成長率が1.0%下がっても、それによって生じる米国経済の成長率低下は僅かに0.1%にすぎない」という。つまり本来だったら米国の金融政策当局者が中国経済に関心を払う必要性は非常に低いということだ。

一つ確実なことは、従来の二つの使命以外に、FRBが直接的な影響力を持たない「中国という国の景況」を金融政策決定の際の少なくともファクターに抱えてしまったということだ。これは米国の金融政策の今後を予想する上で難点が増えたことを意味する。だからマーケットは懸念しているのだ。

今回マーケットの多くの市場関係者が密かに望んだことは、利上げを行うと同時に「しばらくは市場環境の変化を見てみたい」と声明することだった。それだと利上げはありやなしやとずっと頭にあったもやもやが取れる。かえってすっきりする。しかし9月のFOMCはそうはしなかった。故に市場の不透明感は残ったままだ。

結局FOMCは一人の反対者を除いて、今回利上げするのはバランスが悪い、リスクは取れないと判断したのだと思う。確かに世界最大の中銀である米国のFRBは中国や途上国のことも念頭に置かねばならない。しかし、FRBが出来ることは限られているというのが現実だし、途上国の多くが米国からのおこぼれの資金に成長を依存しているというのは、FRBの責任ではない。各途上国の責任だ。

世界経済に米国の中央銀行がどこまで責任を負わねばならないのか。当局も市場も新しい事態に戸惑っている、というのが現実だと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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