1. 金融そもそも講座

第107回「どちらが悪いのか」

途上国通貨市場の混乱、それを受けての先進国の株式・通貨市場の動揺の中で、いくつかの興味深いテーマが浮かんできている。「(今の混乱は)途上国と先進国でどちらが悪いのか」や、「(もっと本質的に)投資マネーとは、経済やマーケットを時にかき乱す勇気あふれる存在なのか、それとも経済情勢の変動に怯える臆病な性格を持ちしばしば逃げ回る存在なのか」、つまり「マネーはどちらかと言えば主犯なのか、それとも犠牲者なのか」といった問題だ。今回は2月22日~23日にオーストラリアのシドニーで開かれるG20財務大臣・中央銀行総裁会議で当然議論されるだろう前者の問題を取り上げる。つまり今回の危機は途上国の責任か、それともQE3(量的金融緩和第3弾)の縮小に着手した先進国中央銀行の代表選手としてのFRB(連邦準備制度理事会)の政策の問題か。

ラジャン総裁の批判

まず、マスコミなどで「グローバルな展開を見せる資本移動の犠牲者」と見られがちな途上国の言い分を聞いてみよう。通貨危機や国内市場混乱に見舞われたFragile5(フラジャイル・ファイブ=南アフリカ、インド、インドネシア、ブラジル、トルコの5カ国を指す)を代表するかのように発言したのはインド中銀のラジャン総裁だ。

同総裁は先月末にブルームバーグテレビジョンに登場、その中で「先進国は世界の金融協調体制の立て直しに努めなければならない」と主張し、「わが国はわが国のすべきことをするから、あなたがたはあなたがたで必要な調整をすればいい、とは言えない」と先進国の姿勢を批判した。やや間接話法的なので解説すると、「FRBのQE3縮小は世界の協調体制を崩すわがままなものではないか」ということだろう。多分この議論は、G20の場でも出てくる。

ここで重要な点は、インドがその2日前にインフレ抑制のために政策金利であるレポレートの引き上げを余儀なくされた、ということだ。そのインドの国内インフレ率の上昇は、かなりの部分が同国通貨ルピーの大幅な外国為替市場での値下がりを背景としたもの。さらにその背景としては、FRBのQE3縮小(毎月850億ドル買っていた債券の規模を毎FOMC(連邦公開市場委員会)開催時に100億ドル縮小する措置)があると見られている。つまりラジャン総裁は、「(FRBのQE3縮小に走る今の政策は)世界の金融協調体制を壊している」と言っているに等しい。

FRBの昨年(2013年)12月以来の金融政策運営の方向転換で政策変更を迫られたのはインドに限らない。例えば、筆者が年初に報告したように厳しい通貨安に直面したトルコは、インドと相前後して通貨防衛のために一部の政策金利を2倍以上の水準に引き上げた。国内経済に打撃になることを承知して行った措置だ。また南アフリカも通貨防衛のために利上げを余儀なくされた。

途上国にしてみれば、収益機会を見つけて世界的な超金融緩和策の中で資金を各国に入れていた先進国の投資家が、FRBのQE3縮小という大きな政策変更を理由に今度は勝手に資金を各国から引き揚げ、その結果途上国はそれぞれ通貨の下落、望まない利上げを余儀なくされているとの“被害者意識”がある。

先進国にも言い分

しかし、表立った批判は避けているものの、先進国サイドにも言い分はある。“危機”と騒ぐが、それを招いているのは途上国自身の甘えた経済運営そのものにあるのではないか、との見方だ。その辺を筆者が列記すれば以下のようなポイントだろうか。

  • 1. 途上国自身の経済構造改革の遅れ、具体的には外資依存の体質
  • 2. 社会状況は汚職が横行して経済が引き続き非効率なままになっている
  • 3. 政治的にも不安定なところが多い

今の世界で「先進国と途上国の差」を考えると、国民一人当たりの富の量(国民一人当たりのGDP)以上に、「段階を追って経済成長し、社会・政治環境を整えてきた国(先進国)」なのか、それとも「経済成長では中間省略を繰り返し、社会・政治環境でも民主化を中途半端にしか実現していない国(大部分の途上国)」なのかの差が大きい。実は今の途上国が抱える問題は、非常に構造的だ。だから政治不安も起きやすい。

しかしそうした中でも世界の金融情勢が緩むと資金がこれら諸国に流れ込み、それで経済が成長して国民が豊かになっているかのように見える。その結果、途上国が必要な改革を先送りしている、という面がある。引き締め環境になると、マネーはそうした途上国の甘えを見抜いて逃げる、という構図だ。

今回の危機では、実は同じ途上国、それに先進国一歩手前の国でも、今のところ危機をしっかりと乗り越えている国もある。例えば、日本の隣の韓国は海外資本の流出により1990年代の後半にはIMF管理に入るほど経済状態が悪化したが、貿易収支が黒字基調を保ち、外貨準備も比較的潤沢だったために今回の危機はしっかり乗り切り、通貨であるウォンが動揺することはほとんどなかった。他にも経済運営がしっかりしていた国では、途上国でも危機を容易に乗り切った国はあったのである。

議論の的に

これら先進国から聞こえる途上国批判のいくつかは的を射たものだ。途上国は中間層を厚くし、国内金融を安定化させるために国内貯蓄を充実させるという地道な政策をとっているところが少ない。そもそも国内貯蓄が少ないのだ。いきおい「成長は外資依存」のところが多く、しっかりした輸出産業が育たず、貿易収支の赤字国も多い。その典型がトルコで、そもそも経済体質が脆弱なのだ。

恐らくそういった事情を事細かに説明するのが嫌だったのだろう。1月末に開かれたFOMCはQE3のさらなる月間100億ドルの縮小を決めたものの、その最中に大きく混乱していた途上国マーケットに関しては一言も触れなかった。少なくともFRBのQE3縮小が途上国経済混乱の一因と見られている時期だけに、「一言あってもよいのではないか」と途上国の政策担当者が考えたとしても当然だ。それがインドのラジャン中銀総裁の発言につながったのだと思う。

「世界経済を引っ張るけん引車」などと、先進国は途上国経済の発展を都合の良いときには褒めたたえながら、いざとなればFOMC声明にもオバマ大統領の一般教書演説にもほとんど登場しない“途上国”という存在。そのような環境に甘んじざるを得ない現実に関して不満の一つも言いたいのは分かる。今、一部途上国経済が直面している経済的苦境、具体的には自国通貨安とそれに伴う国内インフレ懸念、そして直接投資の減少、さらに国内株式・債券相場の弱い基調は、「すべて先進国の都合」で生じているのではないかとの思いが途上国サイドにはある。

しかしそれは多分違う。筆者に言わせれば途上国サイドの甘えもひどい。構造改革に取り組む途上国も少ない。問題は、「相互不信」に発展する前に、G20などの場で世界経済全体の成長につなげられる戦略を練ることができるかである。その道は容易ではないが、それがなければQE3の縮小が続く見通しの中で、今年のマーケットは不安に満ちたものになる可能性がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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