1. 金融そもそも講座

第105回「トルコからスタート」

初めて来たイスタンブールで今年(2014年)最初の数日を過ごした。散々、映画で見たので既視感はあるが、実際に来て初めて分かることもある。何よりも、圧倒的に若者が多いということだ。エルドアン首相の成長路線が定着していたのに、昨年からの政情不安とFRBの量的金融緩和の段階的解除(テーパリング)は同国経済に不安を投げかけている。土ぼこりとタバコの臭い(トルコ人は世界で最もタバコを好む)がするイスタンブール。昨年の最終号は上海からの報告だったが、新年最初の号はこのボスポラス海峡を挟んだ街から世界を考えてみたい。

リラが急落

私が滞在した年末年始の約1週間で、トルコの通貨リラは世界でも最も売られた。持ってきたドルや円が見る間にその価値を高めたのだ。理由の一つは独立性の高い同国の司法関連勢力が、今年3月にある地方選挙(イスタンブール市長選挙など)と8月の大統領選挙を控えて、エルドアン首相に近い閣僚の子息などを狙い撃って汚職関連の摘発を行ったことだとされる。

同首相は過去10年以上にわたって安定した政権運営を行い、「トルコ経済の目覚ましい拡大」を先導してきただけに、昨年12月半ばの「静かなるクーデター」(エルドアン首相)の発生に、投資家が一斉に資金を引き揚げた。それに追い打ちをかけたのがFRBによるテーパリング(量的緩和措置の縮小)着手である。同国の株価は下げ、通貨リラは大幅に売られた。

実は「株価が下げ、通貨が売られる」困難を昨年体験したのはトルコに限らない。インドやインドネシア、南アフリカ、ブラジルも同じような事態に直面した。FRBのテーパリングは海外に成長資金を頼る途上国に打撃を与えたのだ。「資金が米国などに戻ってしまう」との見方からだ。

しかしテーパリングが“日常化”する2014年にあっては、途上国経済は後半にかけて成長力を再び高める気がする。なにせ、この国トルコが典型なのだが、中国を除き世界の代表的途上国では若者の数が圧倒的に多い。人口ピラミッドがきれいな形をしているところもある。それは政情が不安定化する危険性の反対側で、「需要の強さ」「潜在的成長力の高さ」を証明していると思う。

先進国が成長を牽引

もっとも今年の世界経済の成長を牽引(けんいん)するのは、ここトルコのような国ではなく久しぶりに先進国になりそうだ。「政治的安定度」が高い世界の先進国は、世界中の投資家の資金をより多く集めると思われる。トルコのように一人の政治家(エルドアン首相)への攻撃が、直ちに国の信用に関わるような不安定性がない。金利が上がるかもしれない世界にあって、“崩れ”の可能性が低いのは先進国経済だ。

冷静に考えてみると、国民一人当たりのGDPが高い(つまり発射台が高い)先進国の2%の成長は、途上国の4%の成長よりもより多くの富を世界経済にもたらす。先進国の国民一人当たりのGDPは大方3万5000ドルを越えるが、経済発展が比較的進んだトルコでも国民一人当たりのGDPは1万ドルそこそこである。世界経済の成長の柱だと持ち上げられたBRICSなどの途上国は、依然として世界経済で生み出している富の規模は少ないし、多くの国は先進国の技術、資本頼みだ。

トルコで思ったのは、「自前の産業の欠如」ということだ。これは増える若者を吸収する産業の欠如ということで、雇用問題に直接的に響く。昔からトルコは「ドイツへの出稼ぎ」で有名だが、逆に見ればトルコ国内に若者を十分に吸収するだけの産業がなく、ドイツにそれがあることを意味している。トルコと聞いて日本人の多くが「歴史遺産」(ここイスタンブールが典型だが)をまず思い浮かべるのは、この国の弱みを端的に物語っている。来日したエルドアン首相の最大の狙いは、雇用を増やす日本企業の投資だったと思われる。

国内に産業がなく雇用を生み出せない状態で若者人口が増えると、一般的に政情は不安定になる。一昨年や昨年「アラブの春」が起きた本当の事情は、この「国内産業の欠如」だと思う。トルコは近い将来のEU加盟を狙って、またオリンピック招致も狙って国内改革を進めてきた。その先頭に立っていたのがエルドアン首相というわけだ。しかし彼以外にこれといった政治家はいないそうだ。こうした「単線経営」が総じて途上国の弱みだと思う。

インフラ輸出

それはそうと、日本の大成建設が竣工に尽力したボスポラス海峡の欧州側とアジア側を結ぶ地下鉄に2回も乗った。マルマライ線(Marmaray 沈埋函接続方式)と呼ばれるもので、私がイスタンブールに来る直前に安倍首相も出席して開通式が行われた。掘れば遺跡が出てくるイスタンブールにあって、工期は2年も遅れた。私が2回乗ったのは、欧州側のシルケジからアジアサイドの最初の駅・ウスクダルだ。車体の赤のラインと車内のつり革のブルーが印象的で、きれいな地下鉄だった。トルコの人たちも興味津々にこの海峡下の地下鉄を楽しんでいるようだった。

最近、日本の輸出品目として「インフラ」「それを動かすシステム」の販売がとても増えている。日本はかつて自動車と家電が輸出の二大商品ジャンルだったが、ご存じの通り家電は輸出商品としての魅力はなくなっている。残念なことだ。自動車に次ぐ日本の輸出品目はインフラとそれを動かすシステムではないか、とトルコで考えた。実際のところ、途上国のインフラ、それを動かすシステムは依然として弱い。新幹線システムの完璧さを見ても、日本のこの分野の強みは明らかだ。

注意して見ていると、この分野の日本企業の成功が次々に報じられている。米国の首都ワシントンの地下鉄に日本製の車両が納入されたのは単品輸出だが、日本の原子力システムの輸出に関しては、いくつかの国との話し合いが進展している。さらにインドのような国は「鉄道システムの整備」が必要だが、その面でも日本が持つ強みは大きい。ボスポラス海峡をくぐる地下鉄に乗りながら、「日本にとっての新たな輸出の花」を考えた。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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