1. 金融そもそも講座

第99回「FRB新議長、その課題」

オバマ大統領が2014年1月末に任期の切れるバーナンキ連邦準備理事会(FRB)議長の後任に、ジャネット・イエレン副議長を指名した。議会上院の承認を経て正式に就任する。前回取り上げたように、FRBは絶大な影響力を世界に及ぼす。その次期議長が彼女に落ち着く前はもめにもめ、大統領の指導力まで問われた。そもそも、イエレン氏とはどういう人か、そして彼女が率いるFRBが抱える課題は何かを検証したい。

ウォール街の対岸で生まれるが・・・

ジャネット・イエレン氏は現在67歳。バーナンキ現議長(59歳)よりだいぶ年上である。生まれは、ウォール街のあるマンハッタン島南部から見ると対岸のブルックリン。ユダヤ系米国人の女性である。夫はノーベル経済学賞を受賞し、カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授であるジョージ・アカロフ氏で、彼女自身も同校の経済学教授だった。

英国放送協会BBCなどは「ウォール街で高給で働いたことがないのが議会民主党の支持が高い理由」といったうがった見方をしているが、大学教授以降は、FRBの理事、ビル・クリントン政権時代の大統領経済諮問委員会(CEA)委員長、サンフランシスコ連銀総裁、FRB副議長というのが主な経歴で、要するに政府周りの仕事をしてきた。言ってみればワシントンの“インサイダー”的人物である。

冒頭に「もめにもめた」と書いたが、実はオバマ大統領の意中にあった人は、クリントン政権後半に第71代財務長官を務めたローレンス・サマーズ氏だったと言われる。リーマン・ショック後の難しい経済運営局面で、オバマ大統領に様々な助言をして信頼を得た。しかし過去の女性蔑視の発言やウォール街寄りの姿勢に与党である民主党内から反対論が噴出。議会承認が難しいとの見通しが強まったところで、サマーズ氏が自ら「不本意ながら降ります」と態度表明した経緯がある。

その後は、マーケット関係者の支持が高いバーナンキ路線を継承するイエレン氏が指名されるのは時間の問題と見られていた。イエレン氏の最大のウリは「女性初のFRB議長」という点だ。FRBが創設されたのは1913年なので、「100年にして初の女性議長」ということで、米国ではその点だけでも大きな話題になっている。

職を重視

では初の女性FRB議長はどこにポイントを置いた政策を取るのだろうか。そのヒントは、指名受諾の際の記者会見での発言に潜んでいる。イエレン氏はオバマ大統領とバーナンキ現議長に囲まれたその席で次のように述べた。

「More needs to be done to strengthen the recovery. Too many Americans still can't find a job and worry how they'll pay their bills and provide for their family.」

翻訳すると、「(米国経済の)回復度合いを強めるためにもっとすべきことがある。依然として職を見つけられず、各種の請求書をどうやって支払い、どうやって家族を養うかを心配している米国人が多すぎる」。

彼女の短いスピーチの一番のコアがこの発言だった。素直に取ればよい。「職の創造」を最重視ということで、金融政策的な意味合いに直せば、「職を創造する経済活動の活発化に寄与する金融政策」が重要ということだ。これは一見、「物価の監視人」との印象が強い中央銀行のトップの発言としては違和感があるかもしれない。少なくとも日本人にはそうだ。しかし米国の中央銀行であるFRBは1977年成立の法律によって、「物価の安定」と並んで「最大の雇用」を生み出すことが任務であると規定されている。これはよく「FRBのdual mandate(二重の義務)」と表現される。

経済学者としてのイエレン氏の一番大きな研究分野は「失業と労働市場」だから、指名受諾の際の記者会見での発言は自然に出たものであることが分かる。過去の発言履歴を見ても、彼女は一貫してバーナンキ現議長の「量的金融緩和(QE3)にまで踏み込んだ緩和路線」の熱烈な支持者だった。

緩和政策の継続

こうした経緯や彼女の関心のあり方から見ると、来年2月からスタートする“イエレンFRB”は、今まで以上に「米国の雇用環境」に関心を払う中央銀行になると予想できる。無論、彼女一人で政策を決めるわけでもなく、FRBの理事や連邦公開市場委員会(FOMC)の委員の中には「物価安定重視」の見方をする人もいる。しかしどこでもそうだが、「組織のトップの意見」というのは重要である。そこでこれから問題となってくるのは、以下のようなことなどだ。

  • 1. QE3の縮小を見送っているFRBは、今後この問題に関してどのような政策を取るのか
  • 2. バーナンキ時代に示していた物価や失業率に関するターゲットを変えてくるのか

より具体的には、「QE3の縮小を年内に着手できるのかどうか」という点が当面の大きな関心事となり、あとはそれぞれ金融政策の節目としてバーナンキFRBが示してきた量的金融緩和の打ち切りや金利引き上げの目安としての失業率6.5%を変更するかどうかなども関心を呼ぶ。

いずれにせよバーナンキ議長時代の2006年以降、FRBの保有有価証券資産(securities holdings)は7500億ドルから実に3兆5000億ドルに増加した。これは中央銀行が膨大なリスクを背負っていることを意味している。たとえイエレン新議長が誕生しても、今までのように850億ドルの債券購入を無限に続けられると考えるには無理がある。この問題が、新議長にとっても一番の課題ということになる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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