1. 金融そもそも講座

第180回 進むパラダイムシフト その先にあるものは(後編)

トランプ新政権によるひっくり返し(=パラダイムシフト)が続いている。突然一部の国の難民・市民の米国入国禁止措置を打ち出したと思ったら、今度は日本やドイツの通貨政策を批判。前回の最後で「マーケットの雰囲気をいえば、今世界で起きているパラダイムシフト、に気持ちをインスパイアーされたが、その一方でシフト(変化)の先に人々もマーケットも懸念・不安を強めている」と書いたが、マーケットでは徐々に後者、つまり懸念・不安が強まっている。相場つきに迷いが見える。しかし就任2週間で見えてきたこともある。最初に行う「圧迫と脅迫」には続きがある。そこに何を見るべきか。

トランプの円安批判

2月に入って日本を大きく揺るがしたのは、トランプ大統領の円安批判だ。彼は医薬品業界トップとの会合で、次のように述べた。

  • 「他国は通貨安誘導に依存している。中国は行っているし、日本は何年も行ってきた」
  • 「他国は通貨安を享受し、米国がばかを見ている」
  • 「他国は通貨安や通貨供給量で有利な立場を取っている」

大統領の言葉だ。米国には「通貨に関しては、大統領と財務長官のみが語る権限を有す」という不文律があるが、実際は公式には財務長官のみが話してきた。それが慣例だ。大統領が通貨に関して軽々しく(前後の脈略なく)しゃべれば、マーケットが混乱するという理由もある。筆者の記憶では、米国の歴代大統領が他国の通貨政策に関して口にすることは、ほぼ無かった。プラザ合意の時のレーガン大統領でさえ、通貨に関してはほとんど語らなかった。オバマ大統領もほぼゼロだったと思う。

しかしトランプ大統領はその慣習をひっくり返し、就任早々に自ら中国や日本の通貨政策と金融政策を批判した。「日本は何年も行ってきた」という表現から、日本が介入をしたという意味ではないと分かる。量的金融緩和を進める日銀の金融政策を指すことは明らかだ。米国の大統領が日本の金融政策に容喙(ようかい)するという過去に例のない構図だ。

実は同じ日に、新設された国家通商会議のトップであるピーター・ナバロ氏が英フィナンシャル・タイムズとのインタビューで、「ドイツはひどく過小評価された通貨ユーロを使って貿易相手国に対して優位に立っている」と、ドイツを名指しで非難した。明らかな分担作戦だ。これに対してメルケル首相は素早く「欧州の金融政策はECBが決めており、ドイツは一貫してECBの政策運営の独立を主張してきた」と述べた。つまりこれはユーロが安いのはドイツの責任ではない、と反論したことになる。日本もむろん国会審議などで安倍首相以下が「日本による為替操作」を否定した。

確かに米国第一の政策を通貨政策や金融政策に当てはめれば、日本はデフレ克服のために質的・量的金融緩和をしているということはどうでもよくて、それがもたらしているドル高が米国の輸出不振を招来し、経済成長を阻害しているという結果にフォーカスできる。トランプ政権はそれを始めたことになる。

突然の入国制限

トランプ政権が打ち出したひっくり返し的政策で既に混乱が生じているのは、世界を巡る人の動きだ。難民やテロ懸念国の市民の入国を制限する大統領令に署名。対象国はイラン、イラク、シリア、スーダン、イエメン、リビア、ソマリアの七カ国。それらの国からの難民や市民は少なくとも90日間は米国への入国が許されない。「事前に検討していることが分かれば、テロリストがその間に大量に米国に流入する」との理由から、この措置を突然発表したから、米国のみならず世界の空港、航空会社には大きな混乱が起きた。

これらの国々のパスポートを持つ人々は世界各地の航空会社で米国行きの便への搭乗を拒否され、米国の空港に着いても拘束された。これには世界中で抗議が起きた。デモが発生し、優秀な移民に依存している米国の国際的企業、アップル、グーグル、スターバックスなど様々な企業が、政策への反対を表明した。米国は移民ででき上がっている国という原則論はむろんだが、今後の企業の経営に有用な人々を確保できなくなるとの危機意識があった。このトランプ政権の人の移動を制限する政策には、政権に近いといわれ、対日自動車攻勢の背後にいるとされるフォード社の首脳も反対を表明した。

急いで出した政策なので、欠陥も多かった。例えば7カ国出身者ながら米国の永住権(グリーンカード)を持つ人をどうするのか。トランプ政権は当初、彼らも対象だとしたが、混乱と反対論が強まるのを見て政権は、グリーンカード保持者は適用外とした。

余波は続いている。イエーツ司法長官代行(オバマ政権が任命。司法長官は未承認で代行者がトップだった)は、「今回の措置には憲法上疑義がある」として大統領令を否定。それに対してホワイトハウスは、省としての法的責務遂行を拒否した(=裏切った)として解任した。一方、西部ワシントン州政府は「今回の措置は憲法違反」と、トランプ大統領と政権幹部、国土安全保障省を提訴した。

またトランプ大統領は、任期が終身である最高裁の判事に保守派のニール・ゴーサッチ氏を指名。これは将来の米国の移民政策にも影響する。民主党などはこの指名に徹底的に抵抗すると言っている。米国も世界も大きな混乱の中にある。

圧迫、そしてディール

ただ、就任2週間ほどの間に見えてきたものもある。それは「まずは圧迫、そしてディール」というトランプ大統領特有のスタイルだ。国内の自動車業界、IT業界に対しても、まず言葉で圧迫・脅迫し、その後トップを招いて会談、そして自分の思う方向に企業を動かすという展開だった。これにより日本やドイツを含めて世界の自動車メーカーの間には、とにかく米国に投資し、米国で雇用を増やすという流れができた。IT業界も米国で職を増やすという方向に動いている。

筆者が興味深く観察したのは、トランプ大統領による英国・メイ首相との首脳会談。かつて「あの女」と呼んだメイ首相の手を握ってホワイトハウスの廊下を一緒に歩いていた。あの女という呼び方と、実際に会ったときの歓待ぶりは、実に好対照だ。トランプ大統領はメキシコのペニャニエト大統領との会談を双方のけんか腰でキャンセルしたが、その後二人は電話では会談している。このあたりがアジアのトランプといわれるフィリピンのドゥテルテ大統領とは違うところだ。

トランプ大統領は自動車貿易や通貨政策で、名指しして日本を非難している。しかし2月前半の安倍首相の米国訪問はとっても親密なものになりそうだ。10日にホワイトハウスで会談し、その後11日には二人でフロリダのトランプ氏の別荘に行き、共通の趣味であるゴルフを一緒にする予定だという。非難と親和の、やや意外感のある組み合わせ。

一ついえるのは、これは彼が不動産の世界で培ってきた交渉術なのかもしれないということだ。建設業者などをまず叩く。価格などなどで。しかし、叩けた、勝利したと思ったら親しさをことのほか示し、そして言いはやすという方法。しかし一つのディール(取引)が終了した後はまた別なディールなので、新しく圧迫と脅迫が始まるということの繰り返し。先が読めないから何とも難しい。

最近見ていて興味深いのは、トランプ氏と会談に臨む企業のトップなどの顔が引きつっていることだ。メイ首相とは和やかに、笑顔たっぷりに会談した。しかしその数時間後には7カ国の難民・市民の米国入国の禁止措置の発表。トランプ新大統領に英国公式訪問(女王が迎える)を提案したメイ首相には、すさまじいバッシングが起きた。トランプ氏に会う人々は、その後を心配するようになった。次に何が来るか分からない。

トランプ大統領の円安批判。相場は一時的に円高に動いた。その後はそれほどの円高になっていない。圧迫・脅迫と親和の繰り返しと考えれば、一つ一つのトランプ大統領の圧迫・脅迫をどの程度真面目に受け取るべきかを考えてしまう。どうせ脅しに過ぎないと見れば材料度が低下する。ということは、彼が引き起こしている「パラダイムシフト」は案外底が浅いのかもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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