売れに売れている村上春樹さんの小説「1Q84」。皆さん、知っていますよね。私も出て直ぐに読みました。既に読んだ人とは「リトル・ピープルとは誰?」などと話題に花が咲きますが、この全6回のコラムの第1回はもしかしたら皆さんも夢見ているかもしれない「印税生活」というのは、一般的に本がどのくらい売れたら可能か、から考えてみましょう。経済の入り口として。
夢の印税生活を想像すると・・・
「1Q84」はハードカバーで分厚く、上下とも1890円です。この両方を持ち歩くのは容易でないほど重い。にもかかわらずこの原稿執筆時点で上下各150万部は売れている。合計300万部。では一体日本中の読者はこの2冊の本購入のためにいくらお金を支払い、そのうちいくらが著者である村上春樹さんの懐に入ったのか?
総売上の計算は簡単です。「1890円×300万部」です。その総額は何と56億7000万円。一人一人は一冊に1890円、上下で3780円しか払っていないのに「300万部」という数字は凄まじいパワーとなるものです。では、うち村上さんが著者として受け取るのはどのくらいか。本の売り上げのうち著者が受け取る分を普通「印税」と言いますが、それは出版社と著者との力関係で決まる。著者が有名な場合は10%がスタートラインで、ごくまれに15%に達する人もいると言われる。
超有名人、超売れっ子作家である村上春樹さんの印税を仮に15%だとすると、その総額は8億5050万円になる。10%の源泉税を取られたとしても、7億6545万円。久しぶりの長編だとしても、「ノルウェイの森」や「ダンス・ダンス・ダンス」などもまだ売れているだろうし、「ああ、彼は印税生活が可能だな」と判る。羨ましい。何に使うんだろう?
現実は甘くない
しかし「1Q84」は例外的な大ヒットです。全般的状況は出版不況。出版社は次々に行き詰まっている。街の小さい本屋はコンビニで多くの人が雑誌を買う傾向を強めていることから潰れている。毎日何百冊と本は出版され、うち本屋の平積みに登場するのはごく一部で、平積み組も次々に入れ替わる。5万冊、10万冊と売れる本はごく少ない。300万部なんて夢のまた夢。仮に1500円の本が1万冊売れたとしよう。印税10%で。総売り上げは1500万円で、著者に入るのは150万円。源泉徴収されて135万円。まあこんなもんです。普通の書き手の手取りは。これでは2年に一冊出していたのでは間尺に合わない。つまり生活できない。
私もそうだが、本を書いたことがある、今も書いている人の多くの望みは「10万冊売れる本が書きたい」である。そうすればハードカバーの場合、作者の手取りが多くの場合1000万円に達する。しかしそれはなかなか難しい。特に経済の本は、村上春樹さんの小説のようには売れない。私も何冊も本を書いているが、売れて3万~4万部である。しかも一冊書くには時間がかかる。いつか10万冊売れる良い本を出したいのだが、さてそれはいつになるか。「今度は小説でも......」。いや冗談です。
ベストセラー本の経済効果
売れる本が出ることは、出版業界全体にとってメリットである。本屋さんは売り上げが伸びるし、印刷会社も仕事が増えるし、何よりも出版社(1Q84のケースでは新潮社)は売り上げが急速に伸びる。私の友人は、「新潮社は赤字でしたが、村上作品で一挙に黒字になるのでは。社員は冬のボーナスが増えるかもと口を開いているのではと噂されていますよ」と話している。面白い話だ。ということは、「印税生活」をするには、望ましくは毎年、それが無理なら2年に1回は「10万冊が売れる本を書けること」となる。結構きつい。
ははは、挑戦する気になった人はいますか。言いたかったことは、全てのモノやサービスの動きの裏にはお金の動きがあり、経済を構成しているということです。新聞も雑誌も「なぜ1Q84は読まれるのか」は書きますが、新潮社のほくほく顔や村上春樹さんのポケットに入るお金については書かない。エコノミストは小説を愉しみ、時代を考えると同時に、このお金の動き、経済にも関心を払います。
さて、第2回は何を書こうかな。