1. 金融そもそも講座

第2回「市場の失敗?」

初回は一冊1890円の「1Q84」が300万冊売れることのインパクトを見た。著者は億単位のお金をもらえ、出版社も潤って、そこの社員は冬のボーナスが増えるのではと口を開けて待つ。

車や住宅がたくさん売れると・・・

「大量に売れる」ということのインパクトは、それが一台100~200万円から場合によっては1000万円に達する車、一軒・一戸5000万円の家やマンションだったら桁違いに大きい。ある車が爆発的に売れれば、トヨタ、日産、ホンダなどの製造会社やその系列の販売会社が儲かるのは当然(その従業員も恩恵を受ける)ながら、内燃機関がらみの部品や内装を請け負っている契約先会社、子会社、孫会社も儲かる。何せ今の内燃機関の車に使われている部品は3万点と言われている。自動車産業にぶら下がっている会社は多いし、自動車が売れれば損害保険の会社も契約が増え、駐車場も必要になる。これらが動けばガソリン・スタンドの売り上げも増え、郊外レストランや今流行の御殿場などの郊外モールにも人が押し寄せることになる。

家やマンションが売れればもっとでかい。建設業界や設計事務所は仕事が活発になり、土地は高くなり、家に入れるための家具も売れる。家が大きくなれば若い夫婦は「子供が欲しい」ということになるかもしれない。子供一人が生まれれば、彼等が育つためには長きにわたって非常に大きなお金が使われる。養育費用、学費、そして着るものは大量に必要だ。だから子供が多い国の成長率は一般的に高い。戦後の日本がそうだったし、今のインドがそうだ。

そこで政府の「景気対策」

よく新聞に「景気刺激策」という言葉が登場する。これは多くの場合、何か(モノかサービス)を今までより売れるようにして、それで経済活動を活発にするという政策を指す。今で言えばエコカー減税やエコポイントによる一部家電に対する援助政策(減免措置やポイント付与による販売促進)がそうだ。エコカー減税で爆発的に売れたのがプリウスやインサイトだ。これら車種の工場はやめていた残業を復活し、工場で働く人を増やした。働く人が増えれば、多くの労働者の手取り総額は増える。

戦後の日本を見ても、経済はまるでお祭りのように何かに対する爆発的な消費が起きることによって成長してきた。平成天皇の結婚式が見たいから、東京オリンピックが見たいからとテレビが爆発的に売れる。家電業界が大きく羽ばたいた。「マイカー」ブームで自動車が売れて自動車産業が育った。今ではトヨタは世界一の自動車メーカーである。今の中国ではかつての日本を彷彿とさせる自動車ブームが起きている。

しかし世界中の政府がもっとも頻繁に用いてきた「景気対策」は住宅政策だった。国民が住宅(戸建てやマンション)を買えば、いろいろなモノが売れる。車もその中に入る。今の世界中の先進国国内総生産(GDP)は6~7割が国民の消費によって出来ているので、国民が家を買うことのインパクトは大きい。政府の政策もあって、マイホームは世界中で多くの消費者の夢になっている。ブッシュ政権も「国民の住宅取得」を政策の柱に掲げ、各種の優遇措置を取った。

「副作用」にも注意!

悪いことではない。多くの人が自分の家を持つと言うことは。しかし、その結果にも注目する必要がある。家やマンションを建てるには土地がいる。マイホームブームが起きると、土地バブルが起きやすい環境が出来上がる。そのうち土地そのものを売買して儲けようという輩が出てくる。上昇がお金を呼び、お金がまたお金を呼ぶ。その時に金融緩和でお金の借り賃(金利)が低ければ、借りて買う、上がったら売るということが一般的になる。1980年代以降の世界では、各地で土地バブルが起きた。しかし永久に続きはしない。どこでもバブルは破裂してきた。

2008年9月14日のリーマンショック以来の経済危機は、「市場の失敗」だと良く言われる。つまり市場が、市場に関わってきた人が悪いことをしたから起きた、と言われる。確かにレバレッジ(言ってみれば借金率)は高かったし、一部経営者の報酬もめちゃめちゃだった。しかし、政府が、政権が、さらに言えば経済成長という成果が欲しかった政治家が、必要以上に国民に「住宅所有」を促した結果でもあった。なにせアメリカでは2000年代に入ってからの超金融緩和政策の中で、頭金さえ用意できず、決まった収入がない人まで家が買える状態になった。国の政策に沿っていたからだ。

天まで上ったアメリカの住宅価格は地に落ちた。その過程で多くの人が悲惨な目にあった。詐欺的行為もあったし、業者も悪い。しかし、「より多くの国民に家を持たせる」という政府の政策の行き過ぎでもあった。政治家が「成長」を欲しかったのだ。自分の成績と票に繋がるので。それがまた繰り返されようとしていないか。よく考える必要がある。

一つ言えることは、今の経済危機は確かに「市場の失敗」ではあるが、同時に「政府や政治の失敗」でもある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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