1. 金融そもそも講座

第17回「“市場への信頼性”とは?」

今回は「バブルの見分け方」について書く予定だったが5月の連休からその後の期間に、「投資」を考える際に何にも増して“そもそもの問題”だと思えることが起きたので、そちらを取り上げることにした。それは大勢の人が取引する市場では、すべての人が「この市場は公正だ」「この市場は信頼できる」という思いを共有できなければならない、ということにかかわる。

市場は信頼こそ命

その事件が起きたのは5月6日木曜日である。ニューヨーク時間の午後2時半過ぎ。ギリシャ問題で朝方から軟調推移していたことは確かだが、ある時点から市場が大幅かつ急激に崩れたのである。谷に落ちるような下落を記録し、安値ではダウ工業株30種平均は998ドル安を記録した。明確な理由もないのに。ところがそこから相場は逆に大きく反発して、その後僅かな間で500ドル以上も急反発した。このニューヨークの株価の大混乱を見て、世界の外国為替市場では円が一時異常な水準まで買われた。世界中の市場は大混乱となったのである。これは日本でも大きく報じられた。

この相場の急激な下げと、あとの反発についてはあまりにも急激な動きだっただけに、「尋常ではない」との認識が広まり、直後から原因についていくつかの説が出た。誤発注があったという説もあって、具体的な金融機関の名前も出た。百万(million)単位の売りを10億(billion)と間違えたというものだった。しかし説はあったが、この原稿を書いている5月13日現在「これ」という原因特定はできていない。

これは投資家にとって非常に不安な話だ。まだ「あれは誤操作による混乱でした」「悪いのは誰です」と分かり、その機関が罰せられた方が、次の行動を決められる。「ああそうか、あれは事故。では経済や市場の本来の姿はどうだったのか」という気分になるのだ。何よりも原因が特定できての再発防止なのだ。そうでなければ、また突然の市場の急落(急騰)が起きるかもしれない、と考えてしまう。「オーダーを出すのも不安」「ストップの出しようもない」ということでは困る。

当然だが、公開市場においては、オーダーの執行は瞬時瞬時の取引水準で行われる。1000ドル近くスイングすれば、ほとんどの下のオーダー(指し値にしろストップにしろ)はdoneになったのだろう。だから取引所(NYSEやNASDAQ)は異常事態が生じていた取引時間の内、直近の取引時より相場が60%以上動いた取引をなかったことにする方針のようだ。しかしこれは、局所救済の悪しき例である。なぜなら、ニューヨーク株式市場の信じられない動きを受けて、外国為替市場では異常な、しかも短期間の円高局面が演出されたからだ。それは国債市場、商品市場でも同じ事だろう。極端な相場スイングが起きた。市場は秒単位で動くから、ニューヨークの株価の極端な動きは、各地市場での同様な動きにつながった。その影響は甚大だ。

為替など他市場で影響

例えば日本で人気のFXで、仮に円以外の通貨(金利の高い豪ドルなど)を対円でロングにしていた投資家がいたら、ユーロ・円の一日10円近い下方スイングの中で、ロングに対してストップを出していたらそれらはすべて強制執行されたと推測することができる。ストップを出していなかった場合は、FXの口座に置いていた全資金を失った人も出たに違いない。業者による強制執行条項が起動するからだ。“損は確定”されてしまったのだ。ニューヨークやほか米国の証券取引所は“取引所取引”だから「それはなかったこと」ができるとしても、世界中の大部分の投資家は救われない。これはどう考えても不公平だ。

原因が特定できずにニューヨークの株式市場への不安が残るということは、世界中の市場に対する投資家の不安感が残るということだ。米経済紙には「P&Gや3Mなどダウ構成銘柄が明確なニュースもなく一日に20%も変動することはない」といった今までの市場の常識がしばしば紹介されているが、今後はそれが通用しなくなるということだ。5月6日の市場では、これら優良銘柄が大きく変動したことが報告されている。それは、世界中の投資家を不安にさせる。

この不安は世界中での投資資金の動きを鈍くするか、細くする。投資資金の動きが過剰にvelocityを高めるのも良くないが、それが鈍くなったり細くなったりすれば、それは世界経済の鈍化、景気悪化、雇用の伸びの鈍化に繋がる。だから米市場監督当局は何があっても、「異常な値動き」の原因を特定し、それを修復しなければならない。

コンピューター・キーの誤操作説以外にもいろいろな説がある。例えば、取引に関わるソフトウエアに欠陥があったのではないか、との話もある。今の市場ではhigh frequency trading(high-speedとも言う)と言って、コンピューターの力をフル活用して、極めて高速に瞬時瞬時にアルゴリズムに基づいてオーダーを出すシステムがあり、それだと一度の極めて大きな注文が出るときがある。例えばビッド(買い注文)がないときに、この高速度取引が大量の売り注文を出すと、相場は信じられないスピードで下落する可能性がある。しかしこうした取引に関わる高度なプログラムを使っているのは一部の業者だけで、そこのブラックボックスにソフトウエアの欠陥が入っていたとしても、一般の投資家には分からない。これは市場の公平性の観点から問題だ。

重要な公平性の担保

当局も真相究明には躍起になっている。しかし原因は先に指摘したとおりまだ特定できていないようで、米下院金融サービス委員会の資本市場小委員会が5月11日に開いた公聴会では、米証券取引委員会(SEC)が「現時点では誤発注などが唯一の原因だったとは特定できない」と証言した。これにはがっかりした世界中の投資家は多かったのではないか。公聴会では、市場の公正さを問う発言が相次ぎ、当然ながら、原因究明と再発防止策が焦点となっている。

原因も分からずに急落する市場は、世界中の投資家の不信感を買う。今もこの不信は根深く残る。それは先ほど述べたように、世界経済の先行きにも響く問題だ。これもあってかSECは再発防止に関して、「サーキットブレーカー」(取引を中断し値動きを制限)を全米の取引所で統一して銘柄ごとに適用する方針のようだ。

世界経済の発展のためには、マーケットが不可欠である。そこで資金の適正配分がなされるからだ。その意味で5月初めて起きたニューヨークを舞台にした株価の常軌を逸した波乱の原因は可及的に原因追及がなされ、今後そういうことがないように措置されなければならない。これは非常に重要なことだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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