1. 金融そもそも講座

第9回「今年の一大テーマ“出口戦略”」

「入口」から「出口」までの過程

今年は世界各国の財政・金融政策を巡って「出口戦略」という言葉が頻繁に使われるようになるだろう。既に世界でもっとも景気の回復ぶりが顕著な中国は金融面でこの戦略に乗り出しているし、年が進むに従って景気が回復し、インフレの懸念が出てきた段階で、世界各国が徐々に「出口」を探る展開になると考えられる。その過程では株式市場や為替市場が大きな影響を受ける可能性がある。

そもそも「出口」というくらいなのだから、「入口」があるはずだが、それは今回の場合は一昨年のリーマン・ショック以降の景気後退に対して各国が採用した財政出動、金融緩和措置を指す。米国、中国、日本、欧州各国では政府が何十兆円にも相当するお金を政府資金として支出して経済活動の維持、さらには活性化を図った。大部分は国債の発行による借金での支出だが、実際にお金が建設工事や教育資金、研究・開発投資などで出たのだから、各国の経済の活動レベルは底上げされ、雇用も創出された。これとは別に各国の中央銀行はまず金利を引き下げるという伝統的な緩和措置をとって企業や個人がお金を借り入れやすい環境を作ったし、それでは足りないということで政府発行の国債を買い入れたり、市中の有価証券(企業が発行する各種証券など)を購入したりで、市中に安いお金を供給した。その結果、昨年の後半にかけて世界経済は弱いながらも回復軌道を取り戻しつつある。

中国がいち早く動いた背景とリスク

年明け早々、世界各国に先行してこの「出口戦略」に乗り出した国が中国だ。中国人民銀行は2010年1月7日、昨年8月13日以来1.328%に固定していた3カ月物中央銀行短期証券の金利を1.3684%に引き上げた。0.05%ポイントにも満たない小幅な金利の引き上げは、一見「注目するに値しない」もののように見えるが、私を含めて多くのエコノミストが「この引き上げは今後生ずる一連の金利引き上げの先駆けになる」と考えている。中国の金融政策の“転換点”、つまり「出口戦略の発動」である、と。

背景は、第一に中国の今年の成長率が極めて高いものになりそうなこと。政府の公式見通しはプラス8%だが、一部では「二桁に乗る」との見方もある。成長率が高いのは良いが、あまり高いと物価が上がるなどインフレ懸念が台頭する。第二は「バブルの芽」だ。今の中国の主要都市では、不動産投資の過熱からバブルが生じていると言われている。4兆元もの財政支出や金融緩和で市中に流れ出やすくなった資金が、国営企業などを通じて上海や北京の中心部の不動産に流れ込み、それが中国主要都市の不動産(マンションなど)価格全般の値上がりにつながっている。

不動産価格は世界中で上がったり下がったりを繰り返している。上がった場合に、「それがバブルなのかどうか」の判定は難しい。それはいつも議論になるところだ。ただし一つだけ確かなことがある。それは、昨年末あたりからまっとうに働いている中国の民衆の間から、「家が買えなくなった」という不満が急速に広がっていることだ。それは社会主義を国是にする国であっては政治的に放置できない。今の中国はそうでなくても雇用不安、環境悪化、官僚や警察の腐敗などで民衆の不満が高まっている。「住」まで不満が高まるのは避けたい。

では今回の小幅金利引き上げだけで、中国経済が安定軌道に乗るのか。そこが問題だが、これは極めて怪しい。なにせ小幅すぎるし、借りた資金のコスト(金利)以上に投資対象(工場でも不動産でも)がうまく稼働すると考えれば、この程度の金利引き上げはものともせず、お金を借りて投資する人がいるだろう。だから中国経済の今の強い状況が続けば、さらなる金利の引き上げは避けられない。

一方で、引き締めをし過ぎると、今度は急速に市中のお金回りが悪くなって経済活動が冷えてしまう。そうなったらまた経済活動の低下や雇用の減少が生じて、「胡錦濤政権は何をしている」という批判が起きる。そもそも中国は一昨年のリーマン・ショック以降、発展を支えてきた農村出身の都市労働者(“農民工”という)のうち2000万人を失職させざるを得なかったと言われている。彼らの多くはまだ職場に戻れていない。そういう状況で金融引き締め姿勢を中央銀行が進めることには政治的リスクが伴う。

10人に1人が働けないなかで…

「出口戦略」が抱える政治的リスクは、中国だけでなく世界各国が共通に抱える問題だ。今は世界各国で失業率が高い。年が明けてから公表された米国と欧州の雇用統計での失業率は二桁になっている。働きたい人の10人に1人が職を見つけられないというのはやはり政治的には許容しがたい。世界中の政治家にとって国民に職を与えられるかどうかは非常に重要な仕事である。職があればこそ生活が成り立つ。だから実は「出口戦略」といっても失業率が高い間の発動は極めて難しい。

しかし、いつまでも国の借金が裏側にある財政出動を続けていたり、借り手にとって条件の良すぎる緩い金融政策を続けていれば、今度はインフレになりかねないし、余った資金が一部都市の不動産に向かったりしてバブルが起き、それが社会不安の種になりかねない。今の世界的なデフレ状況の中ではインフレを懸念するのは早いかもしれないが、それでもデフレ状況下の「インフレの局地戦」は十分可能性があるし、中国はそれを感知したからこそ小幅でも利上げをしたと考えられる。

今年頻繁に登場するだろう「出口戦略」という言葉だが、その発動を巡る判断は各国の中央銀行や財政当局にとってすこぶる難しいものになる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2010年へ戻る

目次へ戻る