1. 金融そもそも講座

第45回「“世界中銀”の夢」

今回は、ちょっと夢のような話を考えてみたい。「世界中央銀行」というアイデアはどうだろうか、できるとしたらどんな前提条件が必要で、できた後には世界経済の安定に本当に役立つのだろうか、という話だ。 “夢の領域”の話だが、夢と現実とのギャップの大きさを考えるのは一興だし、現実を見つめ直すきっかけにもなると思う。

期待は高い

これまで繰り返し述べてきたように、今や資本は瞬時に国境をまたいで動き、各国の市場はそれに振り回されている。企業も熟慮の上ではあるが各地に工場を作り、国際商品の値動きはそれぞれの国のインフレやデフレなどの物価情勢に強い影響を及ぼしている。つまり、各国経済にとってグローバル化の影響が強くなって、一国の中央銀行ではかつてのような役割は達成できない。それがFRB(米国の中央銀行)やECB(欧州の中央銀行)であろうと、日銀であろうと、各国の中央銀行の力は明らかに落ちてきており、無力感を味わっているといえる。

では「世界中央銀行」(以下“世界中銀”と略)をつくったらどうだろうか。できるかどうかの前に、まず“世界中銀”に実行してほしいことを考えてみる。

  • 1. 世界的な物価安定化策
  • 2. 無秩序な資本の流れのコントロール
  • 3. 世界経済の安定成長の達成
  • 4. 安定成長に伴う雇用の安定

・・・といったところだろうか。これは各国の中央銀行の多くが使命としている国内の金融情勢を把握することのグローバル・バージョンともいえる。今の各国の物価情勢が原油相場などに大きく左右されている現状を見ると、様々なルート(傘下の国に対する支持や需要管理など)で“世界中銀”が石油価格をコントロールできたらいいと思う。

資本の流れの制御(コントロール)も中央銀行が各国国内でやってきたことだ。お金の流れの極端な変調は景気に悪影響を与え、一つのセクター(例えば土地や株、それに一部商品)への集中は物価のゆがみを引き起こす。金融を緩和したり、引き締めたりするのは資金の流れをコントロールしようとする努力だ。時には政府の力を借りながら、「総量規制」のようなこともやる。日本もやったし、今は中国の中央銀行が実施している。それはそれで各国経済の枠内ではかなり効果があった。

資本の流れの制御

しかし、今や資本が世界的に動き、かつその動きが速い。そうした状況下では世界全体を見る“世界中銀”が監視し、世界経済の動きをスムーズにした方がうまくいきそうに思える。このためには大きな仕組みが必要だ。資金の世界的な流れを監視する大きなコンピューター・システムも必要だろうし、そのための人員も必要に違いない。

それでも「国際的に足早の資金の流れ」をコントロールする価値はありそうだ。今の世界では先進各国が金融緩和に踏み切ってお金を潤沢に市場に供給している。そのお金が為替取引を経て発展力豊か(または豊かだと思われる)な開発途上国に向かうことで、経済の運営を難しくしているとの不満が途上国サイドに強い。ブラジル、インドなどの担当大臣が、「米国のQE2(非伝統的金融緩和策の第二弾)を始めとして、先進国の緩和政策が途上国のインフレ圧力を高めている」と批判しているのはこのことだ。金融緩和の国から資金が逃げ、その一方でインフレ懸念があるような国に資金が必要以上に集まるとなると、それは二つの意味で政策ロスが起きていることになる。

つまり、先進国ではせっかく景気刺激のために金融緩和をしているのに、そのお金が外に出て行って緩和の意味合いが薄れる。途上国にとってはインフレ懸念があって金融を引き締めれば引き締めるほど、高い金利と高成長を狙ってお金が流入し、引き締め“故に”インフレ圧力が高まるというパラドックスの状態が生まれるのだ。これを“世界中銀”であればコントロールできるかもしれない。

インフレ圧力の除去

ここ20年ほど、資金が特定の商品に流れ込み、その商品が値上がりして、世界経済全体にインフレ懸念がしばしば発生している。その例は70年代から何度となく繰り返した原油価格の高騰と、それに伴う世界的インフレである。今後、例えば穀物や石油に資本(一部は投機的なもの)が集中し、その商品の高騰が世界的な物価情勢の不安定の背景となりかねない。今の世界的な小麦などの穀物相場の高騰はそういう側面を持つ。“世界中銀”が物価のゆがみを防いだり、発生したとしても早期に是正できたら世界経済は大きな安定要因を抱えることになる。

また、特定商品の高騰という事態は、その商品を生産している国に富が集中することである。消費国から生産国へ膨大な富が移転する。それは今の世界における「貧富の格差の拡大」を背景とする各国での政治不安の一因となるものだ。中央銀行の役割ではないものの「社会的正義」の実現には役立つし、「社会的責任」の考え方にも役立つだろう。

社会的責任といえば、各国の中央銀行が背負っている委任された権限の中で「雇用維持」は必ずしもすべての中央銀行が背負っている責務ではない。だがこうした物価や資金の流れのコントロールの中で、社会正義とか社会的責任に相当する部分の役割を果たすことができたら、失いつつある中央銀行の権威を“世界中銀”が取り戻すことになるだろう。これは世界経済にとって非常に良いことだ。

物価が安定し、資金の流れに突発性がなくなって“予見可能性”があれば、それは世界経済全体が安定することを意味する。

最大の問題は、“世界中銀”ができるかどうかだ・・・。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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