1. 金融そもそも講座

第139回「変調するマーケットの見方」

連載中の「各国経済の強さと弱さ」シリーズはまだ続くが、米国の利上げを巡る思惑が入り乱れる中、世界のマーケットが変調しているように見えるので、今回はこの問題を取り上げたい。マーケットの変調とは、麻生財務相が“荒い”と表現した大幅な為替の動きであり、インフレ再燃の兆候が明確にない中での欧州を中心とする世界的な長期金利の上昇などだ。それに世界的な株価の調整を入れてもよいかもしれない。2015年初夏のマーケットの動きをそもそもどう考えるか。

不安定が常

まず言えることは、低金利状態が続いた後の「利上げ期」にはいつでも金融市場は不安定になる、ということだ。筆者はこれまでに30年以上にわたって金融市場を見続けているが、利上げに向かう時期、それに利上げの初期においては、株価の大幅調整とかボラティリティーの上昇などの変調は必ずと言っていいほど発生してきた。なぜそうなるのか。以下のように考えられる。

  • 1. 金融緩和時期に潤沢に株式市場に流れ込んでいた資金が、「引き締め」に入る時期には“選択肢”を与えられ、他に流れる。例えば景気回復を見込んだ設備投資などを計画する企業への融資など
  • 2. 選択肢の中でも強力な候補は債券の利回り上昇だ。投資家の中には資金の一定割合を債券で持ちたがる人がいる。利上げを見込んで長期債利回りが上昇すれば、これらの投資家は今まで株式市場に回していた資金の一部を債券投資に向ける
  • 3. つまり企業への融資にしろ、債券投資の増大にしろ、金融引き締めが見込まれるような景気状況になると、資金にとっては「向かえる場所」が増えて、その分資金の取り合い状況が生まれることになる。つまりお金の流れが変わる

重要なのはそれが実際に起きる前から、市場関係者がそれを「マーケットの常識」としてしっかりと記憶している、身構えているということだ。であるが故に、金融緩和が過ぎ去ろうとする時期に差し掛かると、市場関係者は相場の先行きに神経質になる。今はそういう時期である、ということがまず重要だ。

むろん景気が本当によくなって株価の最終決定要因である企業業績がよくなれば、多少の金利上昇があっても株価は上昇する。なぜなら配当の増加など総合利回りのアップが予想されるからだ。個別物色相場、業績相場の展開だ。対して金融緩和の時期にはとにかくお金が潤沢にあるので「どの銘柄でも買われる」といった状況が見られる。対照的なのだ。

利上げ期の入り口

今はまさにその時期、つまり世界の金融市場が「利上げに向かう時期」と言える。確かに利上げが語られているのは先進国の中でも米国だけだが、同国は世界一のGDPを持ち、かつ世界の金融市場の究極的リーダー、指標である。米国の利上げは世界の資金の流れを変える。そしてその米国では、今まさに利上げの時期を巡って思惑が飛び交っている。

だから今の時期に、世界中の金融市場がある意味、疑心暗鬼になるのは当然と言える。その具体的兆候が「株価レベルの調整」「長期金利の世界的な上昇」「米ドルの上昇」などで、5月から6月にかけての世界の金融市場ではそれらが同時に見られた。もっとも各市場ごとの特色はある。株価はドイツで一番大きく調整(高値からの反落)したが、それはドイツの株価がECBの量的金融緩和後に一番上げていたからだ。

長期金利も目に見えて上がったのは欧州と米国で、日本はそれほどでもない。米国は当事国だから分かるとして、欧州の長期金利が上がったのは、それまで下がりすぎていたからだ。ECBの緩和措置と行き過ぎたデフレ懸念で、欧州ではかなり「マイナス金利」の状態が深刻化した。マイナス利回りの債券を買うのには勇気がいる。やはりそこには一種の思い込み、錯覚があったと言える。今はその思い込み、確信の行き過ぎが是正されている状況だ。

利上げ後の違うシナリオ

しかし考えなければならないのは、過去の知恵にも限界があるということだ。全体的にインフレのベースが高かった数年前までは、利上げ期に入ったとなれば、実に足早な政策金利の引き上げ実施が常だった。戦後の世界的景気拡大期には、景気の過熱を避けるために、足早な、大幅な利上げが行われた。インフレ率がやや落ち着いた時期に当たるグリーンスパンFRB議長の時代(87年から06年まで)にも、利上げ開始後は「毎FOMCで0.25%の利上げを繰り返す」「それが2年間近く続く」といったことも行われた。

そうした記憶があるだけに、マーケットの関係者は利上げ期の到来の今のような時期には神経過敏となる。それが今の世界的なマーケットの変調の背景だと考えられる。しかし筆者は重要な情勢の変化があると思う。それは次の二つの要因だ。

  • 1. 世界的な経済成長率の鈍化
  • 2. 依然として続く世界的なデフレ圧力

これについては何回か取り上げているので詳述はしない。はっきりしているのは、「もしかしたら今は、過去の記憶を強く引っ張ることは妥当ではないかもしれない」ということだ。利上げそのものは行われる。イエレンFRB議長は5月末に「it will be appropriate at some point this year to take the initial step to raise the federal funds rate target and begin the process of normalizing monetary policy(今年のある時点でFF金利引き上げの第一歩を踏み出し、金融政策正常化のプロセスを始めるのが妥当だろう)」と「年内利上げ開始」の方針を述べた。これは長年、中央銀行業務に携わっているセントラル・バンカーとしての“願望”であり、一種の“直感”、または“危機感”かもしれない。しかし利上げそのものは、場合によっては来年初めになるかもしれないが、必ず行われると筆者も見る。

しかし重要なのは、利上げに着手した後のペースだ。それは極めて慎重な、そして間を置いたものになるだろう。何せ今の世界は上記の二つの要因が依然として強い。僅かなインフレの兆しにおののいて利上げをしたら、景気が一気に悪化してデフレ圧力の強まりに直面した国もあった。ということは、米国でも最初の利上げがあったとして、その次の利上げまでの期間は相当空くと見られるし、その後もそうだろう。

米国を先頭にこれから始まるかもしれない利上げ期は、実は過去のどの利上げ期とも違う「実にゆっくりしたものになる」と考えるのが自然だ。とすれば、今のマーケットの変調は過去の記憶を引きずり過ぎた「過剰反応」かもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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