1. 金融そもそも講座

第116回「日本の新しい成長産業」

多様な産業を抱える日本に住む我々にはあまり想像がつかないが、世界にはこれといった産業がなく、外貨収入の大部分を海外からの旅行者が落とすお金(旅行収支の黒字)に依存している国が結構多い。例えばギリシャがそうだ。日本はそうした国々に年間1800万人前後もの観光客を送り出して、これらの国の経済を支える役割だった。しかしこの状況が、ほぼ半世紀ぶりに変わりつつある。日本の旅行収支が単月ベースにせよ今年(2014年)4月に黒字になったのだ。2020年の東京オリンピックを控える日本。「観光業」は日本にとっての新たな成長産業になりそうだ。

増える外国人観光客

6月上旬、財務省が「今年4月の日本の旅行収支が44年ぶりに黒字になった」と発表した。理由は当然ながら「日本人が海外に行かなくなった」からではなく、「訪日外国人が急増し、彼らが潤沢にお金を使った」ためだ。

「44年ぶりの黒字」とは驚く。その間ずっと日本は旅行収支で支払い超になっていたということだ。ではその44年前の1970年(7月)に何があったかというと、大阪で日本万国博覧会が開催された。当時は今と違って万博は世界の人々をひきつけるに十分な魅力があって、確かに訪日客が大きく増えた。それは筆者もよく覚えている。しかし当時はまだ海外に旅行に行く日本人も少なかった時期だ。なぜなら、まだ1ドルを買うのに日本人は360円を支払っていた時期だからだ。そんな時代だったから大阪万博で海外からたくさんの人が来れば、日本の旅行収支はすぐに黒字になった。

では今年の4月にどのくらいの旅行収支の黒字が出たのか。財務省によると177億円となっている。3月は224億円の赤字だったから著しい改善だ。そこで下記の数字を見ていただきたい。今年1月以降の訪日外国人旅行者の数の推移だ。

1月 94万4009人(対前年同月比 41.2%増)
2月 88万0020人(同 20.6%増)
3月 105万0500人(同 22.6%増)
4月 123万1500人(同 33.4%増)

円安、LCC、そしてビザ緩和

ずっと対前年同月比で増加しているのが分かるが、このうち3月と4月は2カ月連続で記録を更新した。一人の海外旅行者が使う金額がそれほど違わないと想定すれば、日本の3月の旅行収支の赤字が4月に黒字になったのは18万人の海外旅行者数の差にある。つまり、日本人がどのくらい海外に行くかにもよるが、基本的には日本の旅行収支が黒字になるのか赤字になるのかの分かれ目が、この間(例えば120万人)にあるのかもしれない。

4月は日本にとって海外旅行者のかきいれ時だ。桜の季節であり、観光庁も海外で「桜キャンペーン」を積極的に展開した。しかし日本には海外の観光客が増える構造的な要因がある。円安が定着し日本への旅行が割安になったこと、アジアの多くの人の所得が上がったこと、LCC(格安航空会社)が普及して日本旅客の範囲が拡大したこと、羽田空港の発着枠が拡大したこと、中国をはじめとしてビザの取得面からも日本に来ることができるアジア人の枠が大幅に拡大したことなどだ。世界無形文化遺産に登録された「和食」を日本で食べたい人も増えているのだろう。さらに筆者が重要だと思うのは、街の清潔さ、安全性、そしてどこに行ってもある温泉など日本の魅力ある“多様性”が世界の人々に認められつつあることだ。

これは日本のビジネスにとって大きな商機だ。日本に来る観光客が多く集まる銀座4丁目の三越(三越伊勢丹)の売上高は、4月も5月も前年同月を上回った。消費税の引き上げもなんのそのだ。大きな要因は、外国人客の来店増。他地域の三越伊勢丹、同業他社店舗が消費税の引き上げで苦戦する中で、銀座三越の売り上げは4月が1.1%、5月が4.5%の増加となった。「免税売り上げが前年同月の2倍になり、同店の売り上げ全体の1割が免税売り上げになった」とも伝えられる。

日本の新たな成長産業

海外旅行者は地域経済をも潤す。例えば北海道経済は農業部門が大きくて、かつては日本経済の景況改善にも遅れ気味だった。しかし最近は最も早く景気が上向く地域になっている。それはもっぱら海外からの観光客の急増が背景だ。私も昨年の夏に2回、北海道を車で回って驚いた。登別のクマ牧場などは中国系の方々が目立ち、海外からの観光客が本当に多かった。

デパートの売り上げを左右し、地域経済の景況を変えるほどの力を持つ海外からの観光客。日本の昨年一年間の観光客数は1036万人だった。むろん史上最高だ。しかし今年1~4月の観光客数を単純に3倍すると1230万人になる。すさまじい増え方だ。日本の観光業は足早に「未踏の領域」に入ろうとしているのだと筆者は思う。

政府は2020年の東京オリンピックまでには「年間2000万人以上」を目標としているが(その場合は月間平均の訪日旅行者数は120万人を越えねばならない)、今後は毎年200万人増えると仮定すれば実現する可能性はある。日本国内でも旅行需要が中高年を中心に高まっている。それに加えて外国人旅行客の急増となれば、ホテル、旅館など宿泊施設が足りなくなる。これは東京、大阪、京都など主要都市だけではなく、全国的な現象になるだろう。筆者が全国を仕事などで飛び回っている印象で言うと、外国人観光客は日本人が想像する以上に多様な地方、場所、イベントに駆けつけている。彼らは日本をディープに楽しもうとしている。ネットの時代とあって、各国語での日本情報が広まっているからだ。

日本経済から見た観光業はざっくり言って「GDPの5%ちょっと」という位置づけだ。しかし外国人が年間2000万人も来れば、国内旅行増と相まってその比率が10%の方向に向かって上がる可能性が極めて高い。家電などの外貨を稼げる産業が減る中で、観光は日本にとって重要な産業分野になりつつある。

ということは人口減に悩む日本の各県・地方は観光を“継子(ままこ)扱い”にせずに、将来的に日本を支える産業になると政策を見直した方がよいということだ。人口6000万人に満たないフランスは毎年8000万人の外国人観光客を招致して経済の大きな底上げに成功している。日本もそうなれる素地がある。日本は外国人旅行客にとって魅力満載であることを日本人は自信を持ってよいと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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