日本の株式相場の中だるみが続いている。どうにも昨年(2013年)末の高値(日経平均で16000円台)を抜けない。よく指摘されるのはいわゆるアベノミクスやその柱となっている「黒田金融政策」の鮮度低下、円安相場の立ち止まり、ウクライナ情勢といった地政学的リスクの深刻化などだ。しかし筆者は最近、日本企業の製品製造能力の低下、つまり「日本力の低下」があるように思う。やはり投資の対象となる企業が魅力的でなければ、その国の株式市場は本当の意味では活性化しない。
日本力はどこに
今ではあちこちで使われる「日本力」という言葉。筆者が初めて本(講談社刊)のタイトルとして使ったものだが、それは2005年6月だった。当時、日本に対する悲観論が強かった。対して「くたばれ悲観論」という意気込みで書いたのがこの本だ。筆者は、産業として広い裾野を持ち国の総合力の強さを示す自動車をはじめとして、日本製のさまざまな商品が世界を席巻していることを高く評価し、海外では「日本はクール(かっこいい)な国として繰り返し取り上げられている。加えて、日本が生み出すポップカルチャー(大衆文化)も、いま爆発的に世界に波及しつつある」と指摘して、「Japan is cool(日本はかっこいい)」と説いた。
実際に日本の全体的な魅力は、年を追うごとに高まっていると思う。世界的に日本への関心は高いし、株価は安値から大きく反発した。昨年初めて年間1000万人を越えた外国人旅行者は、今年に入ってさらに増えている印象がある。日本食はユネスコ無形文化遺産になった。アベノミクスもあって、世界の政策当局者の間でも日本の経済政策に対する関心の度合いは高まった。むろん政策は時宜に応じてリファインしなければならないことは明確で、その点についてはこのコーナーでも何回も取り上げてきた。そして2020年オリンピックの東京への誘致成功だ。
しかしここにきて、「日本力」を信じる筆者にとってかなり心配な事も生じている。それは世界に誇れる素晴らしい「モノづくり」ができると考えている日本の企業に、心配になる事態が生じているのだ。むろん、これから指摘することは別に日本の企業だけに生じていることではない。自動車などはインダストリー・ワイド(業界全体)な問題だ。しかし“すり合わせ”によって今まで製品の優秀度では他国の追随を許さなかった日本の産業に、首をかしげざるを得ない事態が生じているように思う。
以下にいくつかの企業名が登場するが、それらの企業に筆者は常にエールを送っている。素早くこうした事態を乗り越えてほしい。そう思いながらいくつかの点を指摘したい。
繰り返される電池問題
二つ例を挙げる。一つは4月11日にソニーが最新型の「VAIO Fit 11A」のリチウムイオン電池に関して出した出火警告である。このPCはVAIO部門の投資ファンドへの売却を控えて同社として最後に出すVAIOで、それなりに思い入れがあったはずだ。出荷は発表時点で、米国497台、欧州 7,158台、中国 2,088台、日本3,619台と少ない。しかしソニーが出した世界的なヒット商品であるVAIOの最後のバージョンの電池に出火リスクがあり「電池を外して使わないでほしい」という発表に、筆者はひどくがっかりした。さらにがっかりしたのは、このPCのリチウムイオン電池をつくったのが同じく日本企業のパナソニックだったということだ。
まだ原因究明は終わっていない。リチウムイオン電池が極めて製造が難しい電池であることは明らかであり、それは日本企業だけが抱えている難しさではない。しかし、ソニーがリチウム電池で問題を起こしたのは今回が初めてではない。いろいろな事情はあるのかもしれないが、やはり同じ問題の繰り返しは消費者に疑念を持たれる。しかも関わったのが日本を代表する二企業だ。「日本の企業は大丈夫か」と思わざるを得ない事態だ。
もう一つ気になったのはやはり4月に入ってトヨタが発表した世界での640万台のリコールだ。リコールの理由は「座席部品の強度不足やワイパーの不具合、ステアリングの強度不足」とかなり広範囲に及ぶ。メーカーごとに部品の共通化が進む今の世界の自動車業界にあっては、「大規模リコール」は必ずしも珍しいことではない。その直前にはGMが大規模な、そして法令違反も疑われるリコールを発表した。筆者は「GMも再建の渦中で無理もあったのかな」と思ったが、その直後に今度はトヨタが大規模リコールとなった。筆者のその時の率直な印象は、「日本のモノづくりはどうなってしまったのか」というものだった。「日本の企業はモノづくりが優秀だ」という先入観が強かったから、がっかり感が強かったのだと思う。
日本企業も変われ
多分“すり合わせ”を基盤とした日本のモノづくりも、コンピューターでのシミュレーションなどが増え、従来とは異なったものになっているのだろう。しかしやはり結果として欠陥やリコールが生ずれば、今までの日本製品が優秀だっただけに「大丈夫か」「日本を代表する企業なのに」ということになるし、株価や日本経済の先行きにもクエスチョンマークが付く。これは外国人投資家には気になるだろう。
もっとも、いつまでもトヨタやソニー、パナソニックを「日本を代表する企業」と思っている筆者の方が問題なのかもしれない。例えば米国を考えてみると、「GMが米国を代表する企業」という人は今は多分いないと思う。それはもうアップル、グーグルなどに代わっている。あるいは今度スマートホンを出すアマゾンを挙げる人もいるかもしれない。皆30年前にはなかった名前だ。
しかし日本の場合はトヨタやソニーに取って代わって「日本を代表する企業」と呼べる企業がなかなか出現してこない。企業文化の違いもあるが、やはり日本にも新しい企業が生き生きと登場することが望まれる。言わずもがなだが、株式市場は「活力」を求める。日本企業から出てくる製品の品質に問題が生ずる度に、投資家は「高い品質維持で日本企業を支えたパワーはどこに行ったのか」と思うだろう。
政府が良い政策をとっても、最後に株価を支えるのは企業への投資家の信頼感である。また主要メンバーが入れ替わることによって、日本の企業社会全体が投資家に与えるイメージが刷新されることも重要だ。日本の株式市場が今の中だるみから脱するには、品質維持や新企業台頭により日本企業が本当の意味で日本力を発揮するしかないような気がする。