1. 金融そもそも講座

第18回「ギリシャ問題の本質」

ギリシャ、ポルトガル、スペイン(三カ国を総称して“GPS”)など南欧州の国々に対する懸念が強まっている。株式市場も大荒れ。何がそれほど問題なのか、日本とどういう関係があるのか。

市場が懸念するギリシャ

問題の核心は、これらの国の海外からの借金(国家債務)が「もうこれは返せないかもしれない」というレベルまで上がってきていることにある。ギリシャの場合の国家債務はGDPの113%に達している。一年間に生み出される富を全部借金返済に充てても返済できない規模だ。ポルトガルとスペインも債務比率が高い。すごく伸びる産業でも抱えていれば良い。しかしこの三カ国は日本の自動車のような、“これ”といった産業を持たない。どちらかといえば観光が多くの人を雇っているような国だ。“借金の増加”は家計にとっても負担だが、本来は信用力のある国にとってはあまり大きな問題にならない借金も、度を超すと大きな問題となる。今の南欧州諸国が抱える問題の本質は、この「度を超した借金」にある。

ギリシャの場合はさらに、国際的に有名な格付け機関が同国の格付け引き下げを行った。それで同国の国債保有者などの間に不安感が高まったのである。そうなれば悪循環。いっそう国債価格が下がり(利回りは上昇する)、それがまたギリシャへの信頼感の低下につながった。借り入れが難しくなればその国は公務員に対する給与の支払い、今まで借りていた債務の利払いなどが出来なくなる。予算執行もむろん難しくなる。つまり国が立ちゆかなくなるわけだ。

EUは一つの共同体を作っている。通貨はユーロで共通だ。加盟には一応の目安がある。これを難しい言葉で収斂基準(しゅうれんきじゅん)というが、これは各国が置かれている環境をなるべく同一化して、EUが一つの共同体として国の経済実態をできる限り均等なものにしようというものだ。そうすれば、いつまでも一つでいられる。EUは金融政策では共通の中央銀行である欧州中央銀行(ECB)を作って一本化、さらに共通通貨としてユーロを持っているが、財政政策は各国が自由を保証されている。ギリシャのようにかつて社会主義に染まった、そして今でも国民に占める公務員の数が他の国より相対的に多く、教育費の無償などの制度がある国の財政は厳しい。本当は制度を抜本的に改革しなければ立ち直りはないのだが、「今のギリシャではなかなかそれは出来ないだろう」と市場は見ている。このままだと、いつかギリシャは破綻するとも見ており、この対ギリシャ悲観論が国を一段と厳しいところに追い込んでいる。

先進国病?

ではなぜそれほどこれらの国では借金が増えたのか。そこが問題だ。それは直接的にはリーマン・ショックによる世界的な景気の落ち込みがある。世界的な広がりがある出来事であっても、経済の不振、失業率の上昇は政治家の責任と国民は考えるから、政治家は一生懸命景気悪化からの脱出を試みる。考えられるのは金利の引き下げなどの金融緩和と、財政の出動だ。今世界中の国はこの両方をやっている。実は金利は各国で既に異常に低い水準になっているので、各国が景気回復の願いを乗せて行っている政策は、もっぱら「財政の出動」である。

しかしもともとの資金がなくて出動できるわけはない。景気悪化で恒久的な財源からの税収は減るから、どうしても借金ということになる。国債を発行したり、海外の銀行から融資を受けたり。ギリシャもそうして国の債務を膨らました。一方で国民は景気悪化の中で、「政府はもっと我々の面倒を見ろ」と要求。この国内情勢を見ていた投資家は、「ギリシャに貸したお金は本当に戻ってこないかもしれない」と考えたのである。実際のところ、ギリシャでの政府の引き締め政策に対する反発は強い。抗議行動では死者も出た。

もっともリーマン・ショックのような危機が起きなくても、民主主義国家における財政は膨らむ傾向がある。なぜなら、政治家は国民一人一人の投票によって選ばれる。選挙で選ばれなかった政治家は「木から落ちた猿」だから、政治家やそれを抱える政党はなんとしても選挙で勝とうとする。勝つためにはしばしば選挙で国民に安易な約束をする。「あれもこれもします」と、夢を売るのだ。しかし、その夢は国家の財政がしっかりしているからこそ可能で、国の経済が悪化したら「借金を増やさなければ無理」ということになる。実はギリシャなどGPSの国ばかりでなく、世界の多くの国がこの問題に直面している。膨らんだ借金、国が何とかしてくれるという国民の期待、が残ったままになっている。民主主義はむろんメリットが多いが、こういう陥りやすい制度的欠陥もある。

日本は大丈夫?

日本は大丈夫なのか。実は日本という国の借金はGDPに対する比率で見るとギリシャより遙かに悪い。財務省が発表している日本の累積国家債務は900兆円弱。これはGDPの約500兆円をはるかに上回る。比率的にもギリシャより悪い。ではなぜ日本がギリシャより先に市場の不安材料にならなかったのか。

それはギリシャなど借金を海外からの借り入れに頼る国が多い中で、日本では政府は大きく借金をしているが、その94%を国民から貸してもらっているからだ。日本の個人金融資産は1400兆円。つまり個人がお金持ちということだ。これに対して国の借金の累計は900兆円弱。しかもカウントの仕方によって違うが、日本政府には外貨準備、土地など数多くの資産がある。国民から借金しているのであれば、国民が国を見限らない限り大きな問題にはならないことになる。なにせ、貸し主が国内に住んでいてあまり文句を言わないからだ。

しかし考えなければならないのは、日本の財政の実情と今後の展望だ。例えば、直近年度についていうと、日本の通常税収(所得税、法人税など)は37兆円ちょっとに過ぎなかった。一方で歳出は92兆円。つまり膨大な歳入欠陥が生じているのだ。この欠陥は、埋蔵金などを見つけ出して使った後も、足りない分は借金に頼らざるを得ない。毎年50兆円の借金を積み重ねるとすると、日本の個人金融資産と日本の累積国家債務の差である500兆円も、10年で消えてしまうことになる。実際には高齢化が進む日本では、個人金融資産は今後増えるより減少すると考えられる。お年寄りはお金を引き出して使うからだ。とすると、日本が国全体として借金状態になって、いよいよ海外からの借り入れに踏み込まざるを得ない日は思ったより早いかもしれない。

つまり日本はギリシャを笑っていられないということだ。日本がそうなれば、国債価格は大きく下がり、円に対する信任も落ちて、海外からの日本への投資も減るだろう。日本経済が危機に直面する。ギリシャを見てこのことが分かってきたので、政治も少し赤字削減の努力をしようとしている。しかし十分な危機感を持って進んでいるとは思えない。対岸の火事ではないのに。

ではどうしたら良いのか。次回はそれを考える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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