金融そもそも講座

波乱あり?-トランプ再選とマーケット

第348回 メインビジュアル

「もしトラ」に代わって「多分トラ」がメディアに頻繁に登場する展開となってきた。トランプ前大統領が共和党の指名候補争いで次々と他の候補を撤退に追いやり、残るは元部下のヘイリー元国連大使のみ。彼女も一番力を入れたニューハンプシャー州予備選でさえ、首位を独走するトランプ氏に得票率で一桁台の僅差に迫れなかった。彼女への大口資金提供者が資金提供を渋りだしている。

「もしトラ」とは、11月の米大統領選挙でトランプ氏が民主党の候補(バイデン現大統領が有力)を破って次期大統領になったときに予想される数々のリスクを懸念したフレーズだ。それが「多分(トラ)」になったと言うことは、「“もし”以上」の確率でトランプ再選があると世界が認識し始めたことを意味する。

「トランプ再登場に関わる数々のリスク」とは何か。米国での分断加速(彼を毛嫌いする人と支持する人の分断を含め各種対立の激化)、パリ条約など数々の国際取り決めからの撤退(“再”を含む)、米国のNATOからの脱退、ウクライナや台湾への支援停止、あらゆる国との貿易戦争の勃発などなど。

では「マーケットはどう反応するだろうか」というのが今回の文章だ。政策を動かせる大統領が代わることで、市場が動くのは自然だ。政権交代による政策変更は大きなマーケット要素だ。前回のトランプ当選で、当初マーケットは動揺した。しかしその後は共和党の減税案もあって、大きく反発。今回はどうだろう。

「多分トランプがバイデンを破る。そして次の大統領になる」との意見に、筆者は賛成していない。しかし頭の体操としてトランプ再選へのマーケットの当初反応、その後の展開を予想しておくことには意味があると考える。

マーケットは平静か

端的に言うと、恐らくトランプが現職のバイデンを一般投票で破って大統領になっても株、債券、為替などのマーケットは至って平静に受け止めるだろう。何せ2016年の前々回大統領選挙は、米国の専門家を含めて世界の大多数の人が「ヒラリー・クリントンが初の女性大統領になる」と思っていた。その中でのトランプ勝利だった。

「トランプ本人さえもまさか勝てるとは思っていなかった」(米国のいくつかの主要メディアの報道)という中での勝利だった。マーケットが一番驚愕(きょうがく)し、混乱するのは「予想外」の出来事発生だ。前々回の大統領選挙でのトランプ勝利は、まさにそれだった。

今回はどうか。「多分トラ」が「もしトラ」に代わりつつあるということは、多くの人が「トランプが最終的にバイデンに勝つ可能性」を十二分に意識し始めたことを意味する。2016年とは違う。今年のマーケットは「トランプ勝利・再登場」の可能性を十分織り込みながら進む。織り込んでしまえば、マーケットに大きな波乱はない。

もっと重要な事がある。それは再選された瞬間にトランプは「残り4年の2期目の大統領」となる。合衆国憲法修正第22条は、同一人物の2度を超えての選出を認めていない。つまり3選禁止。同一人物が最長で大統領職を務められるのは連続・返り咲きを問わず2期8年。

かねて独裁者と気が合うと言っているトランプ氏は、プーチンや習近平のようにトップで居られる期間を長くしようとするかもしれない。しかし筆者は米国の民主主義はそれを阻止すると考える。共和党の中にも反トランプの議員は多い。

トランプ2期目が始まって少し時間がたてば、米国国民、政界の関心は「ポスト・トランプ」に移るだろう。

「America First」の具体的措置

問題は任期中に何をするかだ。トランプ氏は今でも「2020年の大統領選挙の結果は盗まれた」と主張している。その主張を裏付けるために自分を裏切った人々への「仕返し」をまず行うだろう。また1期目でやり残したことをやり遂げようとするだろう。具体的には「America First」の考え方に基づく政策推進。具体的には個別貿易交渉を各国に仕掛け、「米国の産業を守るため」と称して「10%の輸入関税」をちらつかせるだろう。

彼は未来を語らない。頭の中身は相当古い。もしトランプが「(米国の)一律10%の輸入関税」を課せば、それは世界的な経済・貿易の波乱を呼ぶ。各国、特に中国などは報復に出るだろうし、米国ではインフレ率が大きく上昇するだろう。それはFRB(米連邦準備理事会)の金融政策の方向性も大きく変える。

トランプ氏とその側近は選挙戦において、「バイデンのこれまでより、トランプ時代の方が米国のインフレ率は低くて経済状態は良く、戦争もなかった」と言う。例えば最近来日した元国務長官でポスト・トランプの一人と目されるポンペオ氏は、トランプ氏が勝利すれば「世界はより平和で豊かな場所に戻る」「トランプ氏の成功を祈っている」と述べた。

もっともバイデンの1期目に米国のインフレ率が大きく上昇し金利が急騰したのは、新型コロナウイルス・パンデミック(世界的大流行)の沈静化による世界的な需要増加、石油価格の上昇、米中対立など世界貿易体制の捻れによる流通網変調などがあったから。必ずしもバイデン失策が原因ではない。

ただしトランプ政権が続いていたらウクライナ危機はなかったという見方には、一理ある。バイデンは就任早々にアフガニスタンからの米軍撤退で大失態を演じた。「弱い米国大統領」というイメージが、プーチンのウクライナ侵攻を決断させ、その他の世界的危機を惹起(じゃっき)した可能性を否定できない。

筆者が2期目のトランプ政権で一番心配するのは、「America First」の考え方が具体的にどう政策に反映してくるのかだ。「米国が一律の輸入関税を実施すれば世界経済は大きく混乱し、マーケットも動揺する」大きな懸念材料だ。

恐れすぎる必要なし

しかし、今の筆者の今の考え方は「2期目のトランプ政権を恐れすぎる必要はない」というものだ。むしろニューヨークの郊外(クイーンズ地区 私も1年ほど住んでいた)で父親が起こした不動産・建設会社をマンハッタンのど真ん中に目立つビルを建てるまでの会社にしたトランプは、基本的にはビジネスマン。輸入関税で脅しても、それが国内インフレ率を大きく引き上げるとなれば、各国との個別ディールに方向転換するはずだ。経済を台無しにするような措置なら、彼は最後には思いとどまるだろう。

案外皆が忘れていることは、トランプが米NBCテレビのリアリティー番組である「アプレンティス」のホストを2004年から大統領選挙出馬前の2015年6月まで10年以上続けたという事実だ。「You're fired(お前はクビだ)」と宣告するセリフで、かねてから米国国内における知名度が高かったトランプ氏は知名度をさらに上げ、そして大統領になった。

筆者もテレビとの関わりが長いが、米3大ネットワークの人気番組で10年以上ホストを続けられるということは、簡単な事ではない。日本でもそうだが、同じ番組を長続きさせるためには視聴者とのたゆまぬ対話、ニーズ把握、新しい手法の導入などが必要だ。

それは番組スタッフだけの努力では不可能で、ホストも努力しなければならない。多分トランプも努力した。彼がプロレスのリングに上がった写真は、今でもネットに数多く残っている。その中で東部・西部のエリート層から相手をされない白人労働者の思いをくみ上げるにはどうしたらよいかという発想に至った。そうした中で、熱烈な「トランプ支持者の厚い層」を築き上げた。「盤石支持層」と言われる人々の集合体だ。

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2期目の大統領が目指すのはレガシー作りだ。トランプ氏の最大の願いの一つは「ノーベル平和賞の受賞」だと言われる。もしそうだとしたら、何をするか分からないと言われる彼だが、米国を大きな戦争に巻き込む可能性は少ないように思う。

むしろウクライナに対するロシアの軍事侵攻を辞めさせる方向に向かうだろう。彼は自分でそう言っている。プーチンにとってバイデンよりある意味トランプの方が手ごわい。何をするかわからないという恐怖がある。

最後に一つ指摘しておきたい。トランプ嫌いの要因はいくつもある。虚栄心、平気で嘘を言う、人権意識の欠如、常に敵を作って攻撃する姿勢。筆者もそれらは嫌いだ。しかしそれらはマーケット的観点から言うと二の次の問題だ。基本的にはマーケットは経済活動のレベルとそこで活動する企業の業績がベースだ。必要な視点は2期目のトランプが米国や世界の経済、企業活動に与える影響の度合いだ。そこに注目だ。

最後に強調しておきたいのは、「次の米大統領に誰がなるかもまだ分からない」と筆者は依然思っている、ということだ。バイデンかもトランプかも、他の人かもしれない。それは今後の展開次第だ。ただし頭の体操だけはしておいた方が良い。そういう観点から今回の文章を書いた。過去が例となるなら、共和党の大統領の時代の方が株価にとっては良いことが多かった。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。