金融そもそも講座

厳しくなる歪み-大きく変わった中国情勢2

第319回 メインビジュアル

「厳しくなる歪み」というタイトルで、中国特集の2回目をお届けする。今から5年は続く習近平の3期目を考え、今後の世界のマーケットを考える上での参考にして欲しい。

中国経済の「歪み」の拡大を端的に示すのは物価の動きだ。後で詳述するが、10月の中国の物価は消費者段階では食料品を中心に2.1%の上昇になったのに、その源流となる卸売物価は1年10カ月ぶりにマイナスに転落した。下落幅は1.3%。中国の産業経済活動全体が急速に冷え込んでいることを示す。なぜか?

一つはゼロコロナ政策だ。実に厳しかった。経済活動は各地で停滞した。「党大会後は緩和される」との観測もあったが、「3期目も堅持」の方針が示された。それに国民は皆失望しているし、党大会後の実施実態は「むしろ以前より厳しくなった」と言われる。

しかしもっと重要なのは、政府の経済政策運営の方針が長く国家的標語だった“改革開放”(鄧小平の発案)から大転換したことだ。今の習近平政権はむしろそれを歴史の遺物にし、鄧小平を「過渡期の指導者」としてダウングレードしようとしている。自然と習近平が上に上がる。

進みつつあるのは「国進民退」(後述)で、全国で101しかない国営企業がIT関連を含む民間企業をその統制下に置き、実質的に強い締め付け(共産党の方針貫徹)をし始めた。日本を含めて先進国の歴史が積み上げた「民営化の推進が経済を活性化させる」という事実を無視し、その逆を行こうとする動きだ。

歪む中国経済

ほぼ2年ぶりの中国の卸売物価下落は、基幹産業における資材価格の下落加速が原因。その幅は強烈だ。鉄鋼業21.1%、石炭業16.5%、非鉄産業7.8%。この3業種の資材取引価格の下げ加速が、卸売物価上昇率をマイナスに押し下げた。3業種での卸売物価下落加速は、中国経済がその基幹のところでかなり冷えてきていることを示す。

対して消費者物価はまだ上げ基調だ。中でも食料品価格の上げが厳しい。中国の人達の食卓に欠かせない豚肉は10月に51.8%、鶏卵は12.7%、果物は12.6%も上昇した。食品全体では7%のアップとなっていて、これが中国の庶民の生活を苦しくしていることは間違いない。

「卸売物価安・消費者物価高」という歪みは、長くは続かない。通常は卸売物価が物価の先行指標だから、いずれ消費者物価にも下落圧力がかかる。今の世界を見るとアングロサクソン諸国を中心に各国では消費者物価の上昇が大幅で、国民はそれに苦しめられている。では中国の物価が下落したとして、それは中国国民に良いことか。

多分そうはならない。なぜなら卸売物価の下落は、中国の産業力が低下していることを意味するから、雇用や給与もいずれ下がる。中国の失業率は若者中心に今でも極めて高い。今年7月の若年層(16~24歳)の都市調査失業率は19.9%と過去最高の水準に達した。5人に1人が失業という状態である。

どこの国でもそうだが、都市部での若者の失業率上昇は大きな社会不安、不満の元になる。

「民進国退」→「国進民退」

ここ100年の人類の歴史は、①上からの命令で組織全体が動き、そこで働く人の創意工夫ややる気をそぎ、よって生産性が落ちる国営企業をなるべく少なくする ②それに代わって、マーケットの動きに影響されるが故に意思決定を素早く下し、そこで働く人々の自主性・創意を生かし、故に生産性が上昇する民間企業を競争的に多くする方が大枠の経済政策として優位であることを示してきた。日本も鉄道、道路、郵便制度などなどいくつかの「民進国退」を経ながら成長力を維持した。

しかし今中国は全く逆に走り出している。中国経済の今の繁栄を作り出した鄧小平の「改革開放」は、中国共産党の各種文章からも影が薄くなった。むしろ習近平の3期目政権は、「改革開放」を歴史にしまい込む動きを強めるだろう。今中国ではITを含めてあらゆる産業に国(共産党)の指導を強く入れていく動きが強まっている。

指導部が掲げている「共同富裕」というスローガンは聞こえは良い。「皆が豊かになる」という意味だから。しかし実態は「出る杭(くい)を打つ」ことによって国民が不満を高めないようにすることが狙いとなっている。中国で一番世界に名前が通ったアリババのジャック・マー(馬雲 中国本土の実業家でフォーブスに初めて名前が載った)は、その富と名声故に攻撃の対象となって表舞台から消えて久しい。そのアリババにも国営企業の影が忍び寄る。

彼以外にも、その名声と富故に理由を付けられて表舞台から消えていった中国の企業家は数え切れない。名声と権威で習近平に接近してはならないのだ。それを「共同富裕」というなら、筆者はそれを「共同窮乏化」「共同貧乏」と呼んでも言いすぎではないと考える。

追い打ちのゼロコロナ政策

政策転換故の経済悪化に拍車を掛けているのが、習近平肝いりのゼロコロナ政策だ。「この政策はおかしい」という人は、中国にもいっぱいいる。庶民は当然だし、中国でも名前の知れたウイルスの研究者、生物学者、知識人など。なにせ新型コロナは武漢で広がったころから変異を繰り返して弱毒化した。日本もそうだがほぼほぼ規制は大きく緩和され、経済活動を再開している。

しかし中国では「1人も感染者がいないのに、南京の街全体が実質ロックダウン」(ある中国人)といった事態が起きている。ロックダウンでは経済は動かない。なにせ人が動けないのだから、モノもカネも大きく動きようがない。街は死ぬ。その結果新型iPhoneの工場が生産量を大きく落とさざるを得ない事態も起きた。

コロナに関して、中国当局は「政策の罠(わな)」にはまっている。世界最初の武漢での感染爆発を「ゼロコロナ政策に基づくロックダウンで乗り切った」と習近平は世界に胸を張った。中国の、体制の勝利だと言い立てた。しかしウイルスはなかなかしたたかだ。変異を繰り返し、ゼロコロナ政策をあざ笑うように広がるケースもある。今の中国だ。今中国各地で感染者が急増している。

しかし中国は「ゼロコロナ政策で勝利した」と喧伝(けんでん)した手前、それを表だって変えられない。感染者が出れば実質ロックダウンが続く。トップの意向を下が過剰に忖度(そんたく)し、時に苛烈な措置を取る。さらにmRNAの海外ワクチンを実質未導入なので、国民に変異ウイルスの免疫を持つ人が非常に少ない。集団免疫形成に中国は世界で一番遠いところにいる。

同政策を続ける別の理由もある。中国は特に地方で医療体制が弱いと言われる。その地方で感染拡大が広がったら医療機関がパンクし、多くの悲惨な現場が出現する。それを国民の目にさらせない。評判が悪いことは分かっているがゼロコロナ政策を続けざるを得ない。

しかしそれ故に経済は悪化する。成長力がそがれ、失業率が上がる。直近の中国の四半期成長率は3.9%。前期、前々期よりは良いが政府の今年の目標5.5%達成は無理になった。これが「政策の罠」だ。習近平政権はこの罠から抜けられるだろうか。これは世界経済、市場にとって非常に大きな問題だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。