金融そもそも講座

内部要因に目を

第289回

日本の月遅れ盆の真っ最中である8月15日の日経朝刊に「世界株、感染拡大でも堅調―業績改善、時価総額最大に 緩和継続、市場が意識」という記事が載った。今でも「ここ」に記事全文が残っているので、日経電子版の有料会員は見てほしい。今日はその記事を見ながら私が何を考えたのかを書きたい。それは端的に言えば「内部要因の改めての見直し」で、この記事をその視点から補完したい。

市場を動かす要因には大くくりに分けて2つある。「市場外部要因」と「市場内部要因」だ。それはご存じだろう。実はマーケットに関するニュース、具体的には記事や放送内容はその9割方が「外部要因」に関するものだ。この記事も冒頭で「世界の企業の2021年4~6月期決算で業績改善が鮮明となったこと」を第1に挙げている。あとこの記事が挙げている他の外部要因は、「ワクチン接種の進展」「政府による政策支援」「FRB(米連邦準備理事会)による早期緩和縮小懸念の希薄化」など。良い記事だと思う。

しかし興味深いのはこの記事の見出しが「感染拡大でも....」となっている点。世の中には「感染拡大」は「(景気悪化による)株価下落を誘発(するはず)」という常識がある。しかしその常識通りに世界の株価が動いていない(逆に上がっている)、という思いが単語使いに透けて見える。実は、「でも」とか「にもかかわらず」は新型コロナ発生以来、持続的株高に関する記事の見出しとしてずっと使われてきた。この「なぜ」を説明するのは市場外部要因だけでは難しい、というのが筆者の考えだ。内部要因が重要。

内部要因が重要

為替市場の現場に長く携わっていた感覚で言うと、市場周りの人間にとって一番重要なのは内部要因だ。オファー(売値)とビッド(買値)がどのような状況にあり、その厚み、どの筋がそれを出しているのかなど。その意図と今後の動向。「今日はビッドが堅い」「怒濤(どとう)の売りだった」とか言う言葉が飛び交う。ディーラー同士、ブローカーとのやり取りなど。眼前で繰り広げられるのだから、その背景を知ろうとするのは当然で、それは市場内部要因の発現そのものだ。それを理解する必要がある。

むろん外部要因としてのニュースは重要だ。相場の流れを一気に変えるから、常に注意を払う。特に大きいのは突発ニュース、事件。身構えていないから市場の反応も大きくなる。しかしそれらはまれだ。実はマーケットは「なぜだかよく解らない中で上下し、一日を終わってみればある方向に動いていた」という事も多い。

しかしマーケットに関するニュースは、新聞でも放送でも必須項目だ。今はネット時代なので、新聞社のサイトもほぼ一時間毎にマーケット・ニュースを更新する。その時にただ上がった、下がっただけではニュースや記事の体裁をなさない。「何故」が必要だ。記者の方々は捏造(ねつぞう)をできないので、知り合いの懇意にしているディーラーやブローカー、その他の市場関係者に聞く。

しかし彼らも忙しいし、今の相場が何故動いているのかを常に正確に把握しているわけではない。実は良く解らないことも多いのだ。しかし聞かれるので「ま、....じゃないですか」という返答をすることもある。記者の方々は一本の記事・ニュースを書くために何十人もの市場関係者に聞く訳にはいかない。一人二人に聞いて終わりだし、「自分が納得できる範囲」で記事を書く。デスクに「これは何だ?」と聞かれるのは面倒だ。

理解しやすいものに

なので、マーケットに関する外部要因ニュースはしばしば世の中的に、報道機関的に理解しやすいものになる。「ああなるほど」という解説になるわけだ。しかしマーケットに実際に居た筆者のような人間は、「本当にそうなのか」「他にもっと大きな、知らない理由があるのでは」と常に考える。大きなお金を動かせる筋(機関投資家や国家ファンドなど)が我々の理解し難い理由(一般的なニュースに関係ない税制的、社会的個別ニーズなど)でお金を動かしているのではないか、とも思う。

「新型コロナウイルスがこれだけ猛威を振るっているのに、何故株は高いのか」とは、つい最近までネット経由で良く聞かれた質問だ。一般常識的にはそうだ。しかしこの問題(何故今の株高?)に関してはこれまでもこの講座で書いてきた。実はコロナ禍故にITなどは業績が急拡大している。感染抑止移動手段としての車(セダンやSUV)が見直されているから米国や中国で車が爆発的に売れている。故の自動車メーカーの業績拡大だ。

またコロナ禍故に世界的なウッドショック(住宅ブームによる木材不足、価格高騰)やメタルショック(特に銅の価格高騰 リモート増加による通信機器などの材料としての需要増大)が起きていることも知られるようになった。最初の日経記事「世界株、感染拡大でも堅調」は、実は「世界株、感染拡大故に堅調」と書いてもおかしくない側面がある。

しかしなぜそういう見出しを打てないかというと、社会的コンセンサスが許さないからだ。感染症は明らかに人類の敵だから、それ故に株高が生じているとはとても解説できない。やはり「でも」が社会的に受け入れ可能な記事見出しの用語使いだ。

旅行増加は株安?

世の中のお金の動きは、限りなく複雑系だ。同じように経済もそうだ。人間社会と同じだ。これも今まで述べてきたが、経済で強いセクターがあることは望ましい。全部が弱くなったら弱い部分、弱い人々を救えない。その意味では、一般の人々に不可思議さや疑問が残るかもしれないが、今の世界的な株高は経済活動の持続や人々の資産形成にとって良い事だと筆者は思う。

問題は持続性だ。筆者が今一つ考えていることは、「やはり市場参加者が増えている。つまり市場に流入する資金の量が増えているのではないか」ということだ。世界的な緩和という環境はあるが、それ以上にお家時間の増加、旅行などできずに他に使い道のないお金の増加、そして先行き不安故に新たな収入の道を求める若者が増えている、という環境。

統計は遅れて出てくるのでよく分からない面があるが、ロビンフッドが先陣を切った若者をマーケットに誘う努力は、相当な成果を挙げていると思う。日本の証券会社もネット系を先頭に若年投資家の手数料の無料化・低減に力を入れている。特に米国の株にその傾向があるが、「下げれば買い」が繰り返される背景には、こうした新規投資家が「下げ局面は好機」と捕らえているのではないかと筆者は推測している。

こうした動きはニュースになりにくい。しかししっかりと見ていく必要がある。仮に世界の多くの人々が自由に旅行をできる環境が整ったら、実は接触型産業の景気は良くなってもマーケットに流れ込む資金が減る可能性がある。そういう視点もマーケットでは必要だと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。