金融そもそも講座

強さの秘密は? 現地から見る米国(3)

第220回

「現地から見る米国」シリーズを続けよう。米金融当局(米連邦準備理事会、FRB)が、9月26日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で予想通り利上げをした。新政策金利は2.0~2.25%。FRBが出した「将来見通し」がとても興味深いので、今回はそれを取り上げる。

そこには「将来における日米金融政策のすれ違い」の可能性が見える。日本の引き締め局面の最中に、米国が金利引き下げに踏み切る事態だ。つまり日米の金融政策がシンクロナイズするのではなく、むしろその逆になる危険性。そのときにドル・円相場には強烈な円高圧力がかかる可能性がある。

もっとも「数年先、オリンピック後」のことだ。しかし今から頭に入れておくことは必要だし、現在の日米の経済実態やマーケットの今後を考える上でも興味深い。

落とした一文

今回のFOMCの声明文を見て一番強く感じたのは、その文章の「短さ」だ。プリントアウトしてみたらA4の紙1枚に収まった。読み始めて最初は、第1パラグラフの「景気判断」で雇用、経済活動の水準、家計や企業の支出などが全て好調で、景気の良いときは御託を並べなくていいのだなと思った。それが読み進むと、第3パラが過去の声明に比べて文章的に異常に短いことに気が付いた。

「In view of realized and expected labor market conditions and inflation, the Committee decided to raise the target range for the federal funds rate to 2 to 2-1/4 percent.」(政策金利を2.00~2.25%に上げた)だけで終わっている。例えば前回の声明を見ると、この政策金利の水準(変更を含む)の直後には、「The stance of monetary policy remains accommodative, thereby supporting strong labor market conditions and a sustained return to 2 percent inflation.」という一文が入っていた。過去数回の声明でもずっとそうだった。つまり「(今の水準は)まだ緩和的ですよ。インフレも2%の目標水準に順調に戻りつつありますよ」という中身だ。

しかし今回はこの部分をごっそり落とした。だから今回の声明文は第3パラがわずかに2行だ。これこそ声明文全体が極端に短くなっている原因だし、ここに今回の最も重要なメッセージがある。つまりそれは、「もう米国の金融政策は緩和的ではありません。米国のインフレ率も2%近傍で安定して、戻り歩調とは言えません」と宣言しているに等しい。これは「緩和縮小の完了」を意味する。緩和縮小(出口戦略)にも入れない日銀とのスタンス差は、「周回違い」という表現がぴったりの状態になった。

インフレの横ばいを予想

ではFRBは「米国のインフレの先行き」をどう考えているのか。今回のFOMCは、FRBのHP上の表記ではアスタリスク付きなので、これは議長記者会見と将来見通し資料の発表があることを示している。そのProjections(将来見通し)でインフレ(PCE inflation)の部分を見ると、中間値(Median)では2018年が2.1%、19年が2.0%、20年が2.1%、21年が2.1%、そして「より長期(longer run)」が2.0と見事に2%に張り付いている。一番右の「Range」(理事・連銀総裁のそれぞれの予想)を見ても、示した各年度と長期において数字は1.9%から2.3%という実に狭い範囲に入っている。

これが何を意味するかというと、米国ではインフレ率は期待値(2%)への上昇局面を終えて超安定期に入った、ということだ。あえて繰り返す。“超”安定期だ。前回「(米国の物価は)何でも高い」と書いた。日本人である筆者はそれを切実に感じた。

今回のProjectionsで分かるのは、FRBの幹部たちは「その加速はない」と読んでいるということだ。何故か。それは成長率見通し(Change in real GDP)を見れば分かる。中間値では18年が3.1%、19年が2.5%、20年が2.0%、21年が1.8%と先行き成長率の減速を予想している。そして長期を見ると1.8%とある。つまりFRBの幹部たちは「米国のGDPで見た成長率は、今後巡航速度(1.8%)に向けて下がっていく」と見ているのだ。だとしたら「インフレは横ばい」と見ている理由が分かる。

対峙する? 日米金融政策

GDPとインフレに関する見通しに挟まれているのが失業率見通しだ。これがまた興味深い。中間値では18年が3.7%。それが19年と20年には3.5%に下がり、そして21年は3.7%に上がるとなっている。

さらに注意を引くのは長期で、それは4.5%となっている。つまりFRBの幹部は、今後数年の失業率を米国の歴史の中でも「ことさら良い(低い)」と見なし、「それが21年を境に上昇する可能性がある」と見ていると理解できる。

21年にかけて景気は少し下がり気味、そして失業率はちょっと上がり気味。インフレ率は2%近傍で安定。とすると何が起きるのか。注目されるのがドットチャートと呼ばれる「Figure 2. FOMC participants’ assessments of appropriate monetary policy: Midpoint of target range or target level for the federal funds rate」だ。これを見ると、今年はあと1回、来年は計3回の利上げを見込む。20年は1回。21年の利上げをFRBは見込んでいない。

するとどうなるか。今回の利上げで2.00~2.25%になったフェデラルファンド(FF)金利は、20年のいつかの時点で3.25~3.50%に達する。そして失業率の長期4.5%を勘案し、成長率が1.8%に下がっていく事態を考えると、米国はその後はまた「緩和期」に入る可能性が高い。

筆者が関心を持つのは、そのときの日本の金融政策はどうなっているのか、だ。今は出口戦略も正式には打ち出していない。「物価が2%になったら」というのが黒田日銀総裁の前回記者会見での言明だった。実はその見通しは立たない。立っていれば日銀ももっと自信を持って政策を語れるだろう。

しかし筆者の見方は、「もしかしたら数年後に日本の物価も上がり始めるかもしれない」というものだ。賃金や物価は循環する。仮に数年後に日本が出口戦略に本格的に取り組める状況になり、そして正にそのときに米国が「再度の緩和の開始時期」になったら、日米の金融政策は全く逆の方向を向くことになる。今は円安方向での逆向きだが、予測される将来は円高方向での逆向きだ。それを考えても日本の政策はかなり難しい。

それは「かなり先の、将来の話」として横に置いておくとして、今回の一連のFOMC資料を見て感じたことは、「米国経済は低インフレ、低失業そして、そこそこの成長」という理想的な状況にあり、しかもそれが今後安定して数年は続くということだ。FRBのProjectionsを概観すると、そこが一番印象に残る。その上でもう一度米国のマーケットを考えると、強気相場継続の理由が分かる気がする。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。