1. 金融そもそも講座

第3回「世界経済、回復への道半ば」

100年に一度の危機

今回から少し話を現下の問題に戻そう。ご存じの通り、過去一年間の世界経済はメチャメチャだった。「メチャメチャ」の意味は、世界各国でモノ、サービスに対する需要が減って、その為に企業の生産活動は大幅に低下し、その結果各国で失業者が増えて、それがまた経済情勢を悪化させるという悪循環が起きたということだ。そして、「過去100年で一度あるか、二度あるかの大きな危機」(グリーンスパン前FRB議長)となった。このグリーンスパン発言は日本ではしばしば短縮されて、「100年に一度の危機」と引用されたが、要するに今生きている人間は誰も経験したことがないような経済危機が来ているという意味ではある。

具体的に言おう。世界最大の自動車王国アメリカ。危機が始まる前は、年間に自動車は1650万台くらい売れていた。うち、日本車のシェア(現地生産も含む)は40%を超えていた。それが危機後の最悪期は年間換算で1000万台に達しない販売ペースになった。そんなに車の売れ行きが落ちると、販売に携わっているディーラーの店頭には人気(ひとけ)がなくなり、従業員は最初は手持ちぶさたになるが、そのうち首を切られることになる。売れないのに従業員を抱えるのは、販売店にとって負担になるからだ。それは自動車メーカーにとっても同じ事だ。工場ラインを中心に、従業員の解雇が相次いだ。解雇される人(失業者)が増えると、まともに消費を出来る人が減る。それで販売が落ちる。モノを作っていた企業、サービスを売っていた企業全体の業績が悪化し、世界全体が不景気になった。

一旦破綻したGM

アメリカにおける自動車販売の不振は、それぞれ再生への道を歩み始めたとはいうものの、世界にその名前を轟かせたゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーを一旦は破綻に追い込んだ。昔からアメリカの自動車メーカーは“ビッグスリー”と言われたが、そのうちの二つが一旦は破綻に追い込まれたのだから、尋常ではない。アメリカで車を売っていたという意味では、日本の自動車メーカーの打撃が大きかった。今回の危機では、「日本は何も悪いことはしていないのに」と言われたが、車をアメリカに大量に輸出していたのだから、そのアメリカの市場が縮小したら日本企業の経営も悪化する。実際に日本の自動車メーカーは軒並み赤字になった。

自動車はすこぶるすそ野の大きな産業であり、自動車業界の世界的な不振は世界全体の経済に大きな打撃を与えた。自動車と同じようなローンを組むケースが多い商品も販売不振に見舞われた。銀行など資金の出し手が、先行き不安感を強めて資金の貸し出しを絞ったためだ。それまでの世界経済はアメリカを先頭に、「今手元にお金がなくても、ローンで借りて買い、その後に返す」という消費者の行動パターンで動いていたから、実力以上に消費し、その消費が経済成長を押し上げていた。

しかし消費者が「ローンは危ないから」と買い物を控え、また貸す方も慎重になったら、商品の売れ行きペースは大きく落ちる。日本でも、そして世界中でも同じ事が起きた。つまり「需要が著しく、急激に減った」のである。世界全体が多かれ少なかれ借金に負った経済運営をしていたツケが回ったのである。このため世界各国の経済政策担当者は、「このまま需要の減退を放置することは出来ない」「失業者を何とか減らさないといけない」「今世紀初めの世界恐慌のような事態は避けねばならない」と一連の政策を打った。

二つの危機対策

二つの政策が特徴だが、一つは財政出動による景気刺激策。民間需要が萎えているのだから、政府がお金を出して需要を創造しようというものだ。主要な経済国はすべてこれをやった。大部分は市場から借金をして。もう一つは金融緩和である。金融緩和というと一般的にはお金を借りるときのコスト、つまり金利を下げるが、今回はそれだけでは足りずに中央銀行がこれまであまり買っていなかった金融商品などを購入して、とにかく市中に資金を回した。量的金融緩和と呼ばれるやり方だ。中央銀行は非伝統的な金融措置もとった。この二つの効果で、今の世界経済は人為的な需要が生まれ、それが世界経済を支えているという状況である。

危機は徐々に希薄なものになりつつあるように見える。震源地であるアメリカからはそうした声も聞こえるし、世界の株価の水準は中国を中心に一部では危機以前を回復した。しかし、「失業率が依然として高い」という共通の問題を抱えている。雇用が増えなければ、自分の雇用の先行きに安心できなければ、人々は安心して消費しない。政府が借金して需要を創造し続けることはできないから、まだ世界経済は「需要不足」「その危険性」に怯えているといえる。

世界経済の回復は道半ばなのだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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