金融そもそも講座

これからのマーケット、キューバ

第170回

韓国の最終回を書き終えた後、筆者は9日間ほどキューバを訪れていた。先にオバマ大統領が訪れて国交回復を約束し、次いで安倍首相がこのカリブ海の魅力的な国を訪れようとしている。オバマ→安倍のリレーは、ミャンマーの開国展開時のパターンにちょっと似ている。各国についての連載特集は韓国で終えるつもりだったが、このキューバという国が持つ大きな可能性、今後の世界マーケットに与える影響を考えて、手短に取り上げておこうと思う。なにせ今回のリポートは新鮮だから。

依然として社会主義の国

キューバには株式市場はない。降り注ぐ太陽、音楽と踊り、そしてアメリカン・クラシックカー。陽気な人々。この国が持つカラフルなイメージにもかかわらず、キューバはまだ社会主義の国そのものだ。ラウル・カストロ国家評議会議長は、兄(フィデル・カストロ前議長)からの権限委譲によってその職にある。キューバはカストロ兄弟の独裁政治下にある国と言っても過言ではない。しかしそのラウル議長は85才、フィデェル・カストロ氏に至っては90才だ。政権交代がいつ起きてもおかしくない状況にある。

経済も社会主義の姿を色濃く残す。バスは全部同じデザインで、「中国宇通」という会社の新古車を使っているケースが多い。タクシーはクラシックカーを除いてすべてイエローで、横腹には「タクシー局」と書いてある。キューバ人に聞いたら、これら公共交通機関の運転手は全員公務員とのこと。

経済は統制されている。街にはところどころに配給所があり、特に貧しい人々はそこで主食の米、卵、野菜を入手。そして赤ちゃんのいる家庭には一定量のミルクが配給される。面白かったのはWiFiの電波だ。「WiFiカードを買って1時間」という変なシステムが一般化しつつある。というのは、今WiFi網が急速にキューバ国内で伸びている最中で、最終形が予測できないからだ。実は、キューバに行く前に状況についてかなり調べた。ごく一部のホテルのロビーのみWiFi使用可能というのがその時の結論だったが、それはかなり改善しつつある。ネット接続のできる場所は広がっている。一部のハバナのホテルでは部屋にもWiFi電波が飛んでいた。

レストランでも独自に設定しているところもある。しかしここでも奇妙に1時間毎の時間売りである。ホテルならフロント、WiFi広場では出張売店でカードを買うなどして、IDとパスワードを入手し、それをPCなどに入れて1時間使う。時々、2時間までというのもあるが、ずっと使えるというWiFi環境はキューバにはなかった。当局が何かしているのだろうか、それとも監視か。いずれにせよ一定時間が終わると、また別のIDとパスワードを入れ直す。煩雑なこと限りない。キューバの電話と日本の電話会社にはパケ放題などの契約関係はない。キューバではデータを扱える電波は希少なのだ。

街は古い。なにせ革命からこの方50年。米国やその同盟国から幅広い禁制品は入ってこなかった。経済全体が厳しかった。60才くらいのガイドが言う。「キューバは何も変わっていません。昔は移住も禁じられていたし、何も入ってこなかった」。30年前にこの国を訪れた日本の方に聞いたら、「見事に何も変わっていない」と。WiFiが普及しつつあるのが、キューバの過去50年で最大の変化か。しかしその「タイムスリップしたような過去(街並み、クラシックカー)」こそが、最大の観光資源だ。太陽、砂浜、そして豊かな緑とともに。

摩擦生む二重通貨制度

経済はいびつだ。何せ二重通貨制度だ。人々が普段の労働に対してもらう給料、生活するときに使うのが人民ペソ(CUP)。対して海外の人間が使うことを余儀なくされるのが兌換(だかん)ペソ(CUC)。昔の中国と似ている。兌換ペソはすべての我々旅行者の支払いについて回る。ホテル代もタクシーも。スーパーではしばしば両方のペソで上下に書いてある。それを単純に計算するとこの両方のペソの価値の差は実に24倍になる。実際にそうらしい。

外務省のサイトを見ると「1兌換ペソ=1米ドル(公式レート)」で、実際に我々はそう計算して使った。キューバ人の所得は低い。最低賃金は225人民ペソと聞いた。学校を出た女子(男子は徴兵に行く)、それに大部分の年金生活者の月額年金がこれ。タクシーの運転手、旅行会社のガイドさんで月400人民ペソだという。大統領の所得を調べようとしたが、公表されていなかった。しかしそれらの人民ペソは(ドルとほぼ等価の)兌換ペソの24分の一の価値なので、例えば月400人民ペソの公務員(タクシーの運転手を含む)の給与を円貨に換算すると、400÷24×102と計算して約1700円となる。

驚くほど少ない。「世界最貧国としてキューバの隣の国ハイチがよく引き合いに出される。しかし我々もその次くらいに貧しい」「こんなことをしていたら暴動が起きる」とキューバ人が言う。モノも少ない。スーパーに行ったら大部分の棚は空っぽだった。ベルリンの壁が落ちた直後の東ドイツやポーランドのそれによく似ていた。社会主義の特徴だ。商品がある棚も、同一商品を横に散らばせて伸ばしたような並べ方だ。要するにモノ不足なのだ。野菜は1ポンド20円から50円で野菜市場に並んでいた。しかし「ここで買い物できる人はごく一部」とガイドさん。確かに400ペソの購買力は低い。

容易に想像できることがある。それは国外周りの仕事(貿易、観光など)をしている人々と、国内周りの仕事(農業でもなんでも)をしている人の収入格差は、キューバが外に国を開けば開くほど(制裁が緩和されればされるほど)大きくなる、ということだ。例えば外国人客を2時間乗せて5ドルのチップを、キューバのクラシック・オープンカーのタクシー運転手がもらったとする。それは人民ペソに換算すると120人民ペソをもらったということだ。仮に月間で働いた20日の間、毎日5兌換ペソ(ほぼ等価なので5ドルでもよい)をもらったとする。それは月ベースだと5×20で100兌換ペソ。それを人民ペソの価値にすると2400人民ペソだ。600人民ペソの医者を4倍上回る。格差は広がりつつある。

膨大なインフラ需要

安倍首相も体験するであろうキューバ。日本ができること、日本企業ができることはあるのかといえば、ある。例えば道路。数少ないキューバの高速道路の最高速度表示は100キロだ。高架でもないし、舗装は結構傷んでいる。片道3車線の右車線を耕耘機がのろのろと進行したり、その隣を自転車が走っていても、だ。

キューバの高速道路で奇妙なのは紙幣を握りしめ、それを「ちゃんとお金を持っていますよ。払いますよ」と見せびらかしている人々がいることだ。外国人のバックパッカーではない。普通に職場に働きに行く、または隣町の親戚のところに行きたい人々。キューバは圧倒的に足(交通機関)不足だからだ。あまりにもそれがむごいので、企業によっては従業員確保の観点から自社で車を出して従業員を送り迎えしているケースもあるという。

庶民の足であるバスの乗り場には人々が集まっている。バスを待ちながら、来る車にも手を挙げている。時々お金を握っている。バスが頻繁に行き交っている様子はない。月々の所得が2000円に達しない庶民にとっては、いつ来るとも知れないバスを停留所で待つと同時に、道路(一般道路でも普通の光景だ)に出て紙幣を握りしめて「乗せて下さい」と懇願するしかない。地下鉄も路面電車もない。誰か作ってあげられないものか。

交通システムだけでなく、道路そのものも建物も水回りも、そして通信環境も著しく悪い。道路は高速道路もつぎはぎだらけだし、建物は劣化が激しい。一流のホテルでもしばしば雨漏りし、街には崩れ落ちそうな建物が多い。見ただけでこれは危険だと思えるものがいっぱいある。つまりインフラ投資が必要だ。中国が作ったともいわれる道も、整備し直す必要がある。路面電車も欲しい。我々が乗ったバスは高速道路で故障した。運転手がバスを指して「チノ、チノ」と言う。中国製だから故障したと言っているのだ。日本ができる事はいっぱいある。

しかし改革には時間がかかる。米国と国交を回復したが賠償の問題があるし、年間数千人ともいわれる政治犯の問題がある。国民の自由の問題もある。キューバが独立する半世紀前、多くの資産(土地、家など)は米国人が持っていた。キューバ人が持っているケースもあったが、そうした人は革命時に米国、カナダに亡命した。米国はそれらを基本的に元の持ち主に返せと言い、キューバは「ノー」と言っている。この交渉は難しい。経済制裁の一部は解除された。定期便も始まった。しかし一部だ。「長い時間がかかる」とキューバ人は言う。

しかしキューバでは金属・エネルギー資源も開発も進む。米国の経済制裁が解除されるプロセスでは、キューバと日本企業の取引も従来とは比べものにならないほど質・量ともに増えると予想される。人口1130万人。それほど人口の多い国とはいえないが、面積は日本の本州の約半分ほどある。可能性は大きな国だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。