1. 金融そもそも講座

第37回「財政健全化のために何をすべきか」

日本長期国債格付け引き下げに関して、確かに悪影響は心しておかねばならない問題だが、「国債暴落→日本沈没」などという見方は一方的だと指摘した。経済はいつでも“複雑系”である。その証拠に日本が「長期国債の格付けが引き下げられた」と騒いでいるときに、韓国の新聞は素早く「これで円安が起きれば、韓国の輸出競争力はなくなる」と心配していた。一方的な悲観論は当たっていない。

もっとも財政赤字を減らし、国の財政の健全化を果たすことは重要である。国債発行を減らすことができれば、今は国債に吸い取られているお金が再び市中に出回り、株式市場や不動産市場に流れ込むことになるからだ。バブルはよくないが、そうすれば経済は活性化する。では、財政の健全化をするためには何をしたらよいのか。

株価低迷の要因

まず指摘しておきたいのは、「財政赤字の増大→国債発行」の増額は株式市場や不動産市場にとって打撃が大きいということだ。なぜなら、財政赤字が出て赤字国債が発行されれば、その分だけ株式市場や不動産市場に流れる資金の規模が縮小する。今はその金額が40兆円を超えている。膨大な国内貯蓄が国債消化で消えていることになる。

実際のところ、日本の財政赤字の増額、それに伴う国債の発行増の軌跡と日本の株式市場や不動産市場の低迷は軌を一にしている。それは考えてみれば当然で、それだけの資金を市場から集めなければならない財政赤字・国債新規発行は、確実にその分の資金を株式市場や不動産市場から奪う。そして資金を国債市場に固定化する。金融の世界では昔から「クラウディングアウト(crowding out)」という単語が使われ、これは「政府支出の増加が利子率を上昇させて、民間の投資を減少させる現象」をいう。今の日本は企業の資金需要が弱い分だけ利子率は上がらないが、資金は国債市場に吸い取られて他の投資市場があおりを食っていると思う。

ということは、日本政府は財政赤字の規模を膨らませない最大限の努力をしながら、景気の浮揚に役立つことを第一にやらねばならない。景気が浮揚すれば、税収が増えて赤字が減る。従来の景気刺激策は要するに政府がお金を使うことだった。しかし今のようにすでに日本の財政赤字が誰もが知るほど大きなものになってしまうと、たとえそれが刺激策だと聞かされても、「また赤字が増える」と連想しただけで、子ども手当をもらった大部分のお母さんのように「でも、これでは将来が心配」ということになってしまう。子ども手当は明らかに財政の赤字を膨らますからだ。

有力手段の規制緩和

では、財政の赤字を増やさずに景気を刺激することはできないのか。筆者はあると思っている。それは「規制緩和」である。今の大きな携帯電話市場は、一連の規制緩和の成果として花開いている。その他の部門でも積極的な規制緩和をし、需要を引き出せば、日本の景気が良くなる余地は大いにある。従って筆者は、「仕分け」は財政支出でも必要だが、今の日本では「規制の仕分け」こそ必要だと思っている。マスコミで大いに脚光を浴びた「財政支出の仕分け」よりも、むしろ「規制の仕分け」の方が先に必要だったのではないか、と考えている。

規制緩和は既得権益との衝突があるから難しいと言っていては、日本に新しい産業は生まれない。まずそれをするべきだろう。無論、必要な規制はあるし、それは守るべきだ。しかし、時代が変わり、テクノロジーが変化する中で、それがあるために迂回路をへなければならず、コストが上がって産業が育たない分野も多い。

たとえ景気が大きく落ち込んで緊急避難的に財政の赤字を膨らます景気刺激策を取る必要があるにしても、「ああ、これだったら納得できる」というお金の使い方をすれば、国民は赤字が増えることをそれほど心配しない。心配しなければ、消費のレベルを下げることはない。国が野放図な財政をしていると、それだけで国民は心配になってGDPの6割を占める消費を控えてしまう。今がその状態だ。

年金システムの再構築

今の日本は、よく「内需が弱い」と言われる。笑い話のように今でも引用されるのは、当時99歳の金さん銀さんがテレビによく出ていたころ、あるアナウンサーが「金さん、銀さん、お二人はなぜそんなに稼ぐんですか」とまじめな顔をして聞いたそうだ。そしたら、お二人が「老後が心配だから」とまじめな顔で答えたという話がある。都市伝説のようなものかもしれないが、今の日本の状況をよく表していると思う。そんな歳の人に、「老後が心配」などと言わせてはいけない。「心配だからお金を使わない」ということになる。

そういう意味でも年金システムの立て直しが必要だ。誰が介護をしてくれるのか、など老後は常に不安なものだが、「せめてこれだけは保証されている」という状態になれば、心置きなくお金を使える人も増えるだろう。そうなれば、日本の消費構造は相当違ってくる。最近は若い人たちも、「私たちのころは、もう年金をもらえないかもしれない」といった話をする。これは日本という国の経済にとって大いに問題である。この続きは次回に。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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