1. 金融そもそも講座

第33回「市場の季節性」

明けましておめでとうございます。1カ月に2回のペースで書いているこのコラムも今回ですでに33回目。1年は52週ですから1年以上続いているということです。「そもそも講座」ということで、「そもそも」だけを書こうと最初は思っていたのですが、それだけではおもしろくないことがわかりました。現実離れしてしまうからです。やはり現実とつながっていなければ金融の話は意味がない。せっかく現場をみてきた人間が書いているのにもったいないでしょう。そこで“そもそも”と“現実”を組み合わせて書いていますが、読まれる方々はいかがお考えでしょうか。私としては今後も「そもそも」と「それが現実の中でどういう動きなっているのか」を“合わせ技”で提示していきたいと思っています。

ホリデーシーズンの特徴

年初第一弾は、米国の感謝祭休日(11月の第4木曜日)に始まり、日本の正月で終わる、世界的なホリデーシーズンが金融市場にどういう影響を与えるのか、という季節的な問題を取り上げてみようと思う。なぜならこういう問題は1年でこの時期に取り上げるのがもっともふさわしいからだ。世界各国で最も休日が多く、それに伴って人々の移動が重なる時期である。「Thanksgiving」と表記される米国の感謝祭は、日本の正月のような意味を持ち、米国人は皆、生まれ故郷に集まろうとする。日本の正月がそうであるように。休みで移動している間は、金融のポジションなど持ちたくないのが人情だ。欧州の人間にとってはクリスマスが特別な意味を持つ。街全体が静かになり、人々は時にリユニオン(再会)を楽しみ、時にバケーションを楽しむ。欧州の人々もこの時期には金融取引からの一時撤退を図る。

毎年そうだから、人々は普段に比べて11月から12月末まで金融取引を手控える。そもそも休暇気分なのに自分一人でポジションを持って唸っていたくない。それはそうだろう。これはものの常だが、商いの低下はボラティリティの増加につながる。下手にポジションを持っているのは危険だ。具体的に説明するとこうだ。いつもは市場で1000の取引があるときに20の買いや売りの注文を出すのと、市場で500の取引しかないときに同じ取引を行うことを考えてみれば、後者の方で市場が動くことを想像するのは難しいことではないだろう。つまりこの時期は、相場が振れやすいのだ。つまりボラティリティが高い。それを知っているから、ポジションを手じまった状態でホリデーシーズンを迎える人が多い。それが一段と市場の取引を薄くする。

しかし薄くなった市場で何かニュースが起きて、それが市場全体のピクチャーを変えそうなときは、取引を手控えていた人々もポジションの変更を余儀なくされる。これは一般的にはあまり知られていないが、ファンドを動かしている人々というのは何らかの金融機関に所属していて、それぞれの機関には運用に関するルールが決められている。例えばポジションに対してある一定以上の金額に損失が膨らんだときには強制的にロスカットを余儀なくされる、など。ルールは無視しがたい。そのルールに沿ってファンドマネージャーはポジションを動かす。そうでないと損失が出たときにそれぞれの運用担当者は責任を問われる。ルール違反は時に背任罪にもなる。

静かだった2010年の年末

2010年のホリデーシーズンを振り返ってみると、総じて静かだったといえる。欧州の財政危機はくすぶっていたが、スペインやアイルランドなど聞き慣れた国の危機が再発する予感がしただけだ。市場が一番反応するのは、そのニュースが新しいときだ。新鮮さが落ちるに従って、ニュースの意味合いが織り込まれて市場の反応は鈍くなる。昨年末はそういう状態だった。少し目立ったのは円が対ドルで2度ほど80円台をつけたことだ。その前の83円台や82円台に比べるとことさら円高になったわけではないが、やはり80円台というとあと少し円高になれば79円台ということで、「大台変わり」となるので、市場は注目する。2010年いっぱいは結局79円台を見ることなく円相場は越年した。

ところで、「ファンドを動かしている人々というのは何らかの金融機関に所属していて、それぞれの機関には運用に関するルールがある」という点に関連して、読者には是非覚えておいてほしいことがある。それは“決算期”という考え方だ。たぶんこのサイトを読んでいる方には個人、特にこれから投資に興味を持とうとしている人が多いのだろう。端的に言うと、個人には基本的には決算というものがない。漠然と、「今はもうかっている」とか「去年は良かった、悪かった」といった“どんぶり勘定”があるだけだ。

しかし金融機関など法人はそうはいかない。それぞれ決算期というものがあって、例えば毎年4月から始まり翌年3月に終わる年間の会計年度があり、3月末が決算月に当たるケースとか、暦年通りの決算とか、会社によっていろいろある。企業の場合だと、決算期末が接近すると、為替とかいろいろなものを含めて公表する確定数字をあらかじめ固める意味から、それに変更を来すようなポジションを取らなくなるケースが多い。経理が書き直しを嫌がるからだ。これは運用部門とか為替予約担当セクションも念頭に置く。

季節性などなど

さらに、決算期の接近の中で何が起きるかというと、ポジションを持つ各部門としても損益の確定を図る必要から、今まで持っていたポジションへの反対売買を行うケースが多くなる。金融機関は決算を締めるにあたって、金融機関そのものを危うくするような大きなポジションの保持を禁じられているケースが多い。それは個人にとっても参考になることだが、彼らの場合はそれが社内ルールで義務付けられているということだ。

ということは、それまでかなり株価の先行きで強気のポジションを持っている金融機関があるとして、決算の締めの前にはそれを適正な規模に縮める必要に迫られるということだ。こうした行為を決算期末特有のポジション調整という。「ポジション調整」そのものは常にマーケットの人間ならしているが、特に金融機関、ファンド、輸出入の企業の決算期末が重なる時期には、ある決まった法則に基づいた相場の動きが見られる。逆に期末を超えると(過ぎると)、市場関係者が総じて「さあ利益を上げよう」ということで新たなポジションの造成を図り始める、という事情もある。

つまり、日本の年末年始、その前の米国の感謝祭休日、その後の欧米のクリスマス休暇ばかりでなく、金融市場には毎年決まった「季節性」「季節要因」が存在する。そうした理屈抜きの“決まり”を知っておくことも市場に参加する上では重要である。日本経済新聞、日経ヴェリタスなどの新聞、それにテレビ東京や日経CNBCなどのメディア媒体には、ちらっとそういうことが報じられる。それは例えば米国の大統領が暗殺未遂に遭ったといった突発ニュースほど派手ではないが、市場を知る上では非常に重要な基礎知識であると考えていただきたい。

市場と取り組むには、その市場が持つ季節性、決算ファクター、社内ルール要因(各社の損切りルールなど)を知っておかねばならない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2011年へ戻る

目次へ戻る