1. 金融そもそも講座

第14回「特殊な投資対象としての“金”」

ニューヨーク連銀地下の巨大な金塊

金(Gold)は、人間が保有・投資の対象とするものの中でも、非常にユニークな存在だと思う。株や債券など、せいぜい数百年の歴史しかないのに比して、金は人類の歴史とともに投資対象として歩みを始めたという見方もあるし、今になってもその輝きは人類には抵抗しがたい魅力がある。金のあの鈍い輝きに魅せられる人は今でも多い。権力の象徴として王冠に使われ、建造物の装飾に使われ、多くの人の装飾品として使われ、そして退蔵の対象になっている。

筆者が一番まとまった量の金塊を見たのは、マンハッタンはダウンタウンのウォール街に近いニューヨーク連銀の地下だ。今でもそれは申し込みをすれば見ることができると思うので興味のある人は行ってみるといい。実に厳重に管理された部屋がいくつかあって、今でもそうかどうかは知らないが(何せ私が行ったのは確か1977年だった)、その金塊を保有する国ごとに部屋が違っていたと思った。つまりニューヨーク連銀は各国が保有する外貨準備のうち金塊を預かっていて、例えば、その移動理由があるA国分からD国分に物理的に移動させるのだ。移動を担当しているおじさんたち、つまり作業員の方々の動きが極めてゆっくりしていたことを鮮明に覚えている。「怠けているのか」とその時には思ったが、あとでそれは「金塊が非常に重い」からだと知った。素早くなど動かせないのだ。

つまり、金は個人の財産になると同時に、国の財産にもなっているのであって、それは太古の昔からずっと続いている。庶民の手に金が渡るようになったのは人類の歴史から見ればつい最近であって、それ以前は権力を持つ人間たちの専有物だった。だから当然、資産をどう安全に保管したらよいのかと考える人々にとって“金”は、有力な選択肢になりうるのだ。

なぜ金が魅力溢れる金属かについては、昔からいろいろな説がある。その輝きと色合いが生命の源である太陽に似ているからという人もいれば、そもそも今までに掘り出された金の量が非常に少ないから(一説には50メートルプール2個分)とか、昔からその保有は権威の象徴だったから、とかいろいろある。しかし間違いないことは、金を見て目を輝かせない人は非常に珍しく、ほとんどの人にとって価値あるものに見えるということだ。

まずは“保管”が問題

魅力はあるが、国でも外貨準備としての金塊はニューヨーク連銀の地下に預けているという点が重要である。盗まれたらおしまいだし、家に置いておくにしても一財産になるほどの金は実に重い。面白い話がある。ベトナム戦争の最終局面でサイゴンが陥落したとき、南ベトナムのお金持ちたちは金塊を抱えて港に逃げ、逃亡用の小舟に乗った。しかし、彼らが持ち込んだ金塊があまりにも重くて小舟は沈んでしまった、というのだ。つまり「価値がある」と思えるほどの金塊は、持ち運ぶには重すぎる。

冗談ではなく、金塊の重さは老人だったら腰を痛めるのではないかと思えるほどのものだ。ニューヨーク連銀の警備体制が、個人の家の警備体制に比して極めて厳重であることは言うまでもない。そもそもマンハッタンは非常に固い岩盤の上にできた島だ。地下から攻めようにも攻められない。日本の政治家の中には自宅の金庫に金塊を眠らせていた人もいたが、普通はそういうことはしない。

だから金塊を資産の一部とすることはできるが、最初に生じる問題は「どうやって保管するか」となる。装飾品程度の重さの金や金貨(オーストラリア、カナダのメイプルリーフなど)なら問題ないが金塊となると話が違う。どこか専門の業者に預けなければならない。と、生ずるのは“保管料”という代物だ。誰もタダでは預かってくれない。管理には費用がかかるのだ。その管理料をどう考えるかがまずポイントだ。

さらに重要なのは、金塊を持っていても利子が付かないという点だ。これを「金は付利されない」と表現する。例えば債券。これは元本にも注目するが、多くの場合「着実に利子が入ってくる」というのが最大の魅力の金融商品だ。人々は金利が高い時に債券を買い、最後まで持っているか、途中で元本が上がって金利が下がったときにこれを売る。一方、株には「配当」というものがある。株の場合は値上がりを狙う人が多いが、最近の株式投資家には配当狙いの人も多い。業績が良ければ配当も高くなって、総合利回りも良くなる。不動産のうち建物に対する投資も、不動産そのものの値上がりもあるが、「家賃収入」を狙っているケースが多い。

しかし金、金塊にはそういう副次的な手取りがない。もっぱら値上がりを待つ、価値の保持を図るしかないのだ。「付利されない」とはそのことを指す。しかも値上がり値下がりが結構激しい。私がニューヨークにいた1970年代の末から80年代の初めにかけてはインフレの時代で、金相場もオンス800ドルを上回る水準まで上がった。しかしその後インフレの沈静化と共に金価格は半値以下に下がった。そして今、1000ドルを超える時代に入っている。

つまり、金は結構“難しい”投資対象なのだ。

様々な投資手段

もっとも、こうした難しさを少しは“緩和”してくれる金関連のいろいろな投資方法は存在する。例えば、金を生産している会社の株を買うことだ。株そのものでなくても、それが中心的に入っている投資信託を買う手もある。こうした企業の株価は一般的に自社の製品である金の価格が上がれば上がり、下がれば下がる。金そのものに投資するのと同じ醍醐味を味わえるというわけだ。おまけに株式投資につきものの「配当」ももらえるケースが多い。しかし、株では何かの時に“持って”逃げるというわけにはいかない。そこが金と違う。

次に、金ETFという手もある。金ETFは、金地金の現物のみで運用する投資信託を有価証券化し、証券取引所に上場したもの。その裏付けとして、投資家の購入額に応じて金地金を保管する仕組みとなっていて、万一、取扱会社の破綻があったとしても保護される。この投資方法の一つのメリットは投資単位が手ごろなことだ。価格は一口3000円程度で、売買は10口単位。約3万円からのお手ごろ価格で金投資できる。保有手数料も一切かからない。金ETFのその他のメリットとしては、

  • (1)上場しているため、どこの証券会社でも買える
  • (2)株式と同様にリアルタイムに取引ができるし、価格が把握しやすい
  • (3)盗難などのリスクを防げる

など。また金の現物との交換も可能だ。注意点としては株式と違い、金ETFには利回りがないという点。当然ながら、自分が買ったときよりも高く売らないと利益が出ない。さらに、金先物取引もある。これは通常の先物取引と同じで、対象を金にしているだけだ。

筆者の金に対する考え方は、「有力な投資手段である。しかし自分で最後は持ち運べない物であることを考え、資産の一部にとどめるべき」というものだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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