1. いま聞きたいQ&A
Q

「コーポレートガバナンス」とは何ですか?

「コーポレートガバナンス」とは、直訳すれば「企業統治」を指します。企業をどのように経営(統治)してゆくのか。この問いかけは非常に古くて新しい問題です。折に触れて話題になる企業統治について、まずはその背景からみてゆきましょう。

近代資本主義では、企業といえば株式会社のことを指します。株式会社制度の最大の特徴は、株主が資金を出し合って会社を設立し、会社の経営は専門家である経営者(取締役)に委託します。取締役は株主の集まりである株主総会で選ばれ、取締役会のメンバーとして企業の運営を決定します。株主は資金を提供した見返りとして(成果があがれば)配当金を受け取ります。いわゆる「所有と経営の分離」が広く行われています。

このような株式会社制度は長年にわたってうまく機能してきましたが、それを揺るがすような出来事が2001年暮れに起こりました。米国のエンロン、ワールドコム、タイコなど大企業の不正経理事件です。これらの企業では、一部の経営者の背信的な会計操作によって利益が水増しされ、法外な役員報酬が支払われ、結果的には企業を破綻の淵に追いやりました。

米国では1980年代から90年代にかけて歴史的な株価の上昇が続きました。株式市場が順調なうちは隠れて見えなかった制度上の影の部分が、2000年春のITバブル崩壊で一気に噴出したと言えるでしょう。

これとほぼ同じ時期に日本では、長年にわたって続いた株式持ち合い構造が崩れました。株価が長期にわたって下落したことによって、持ち合い構造の中心に座っていたメインバンクが持ち合い株を売却するようになったことがその原因です。そして大株主の座にとって代わったのが外国人投資家を中心とする機関投資家です。この5年間でいわゆる「モノ言う株主」が増えました。

この結果、奇しくも日米でほぼ同じ時期に「企業は誰のものか」という問いかけが盛んに発せられるようになりました。「経済的な所有権」という意味では、企業は明らかに株主のものということになります。しかし「企業価値の共有者」という見地に立てば、その答えは、従業員、経営者、顧客、取引先、債権者など、会社の利害関係者すべてがあてはまります(佐山展生氏、「新会社法で変わる敵対的買収」東洋経済新報社)。エンロン事件のように一部の経営者が暴走したことによって、企業は経営危機に直面し、従業員や取引先は路頭に迷うことになりました。企業とは広く社会のものである、と言い換えてもよさそうです。

「モノ言う株主」の先輩格である米国は、経営者が株主からの要求に応えようとするあまり、短期的な利益の追求に走ったということができます。米国に遅れて「モノ言う株主」が増えてきた日本では、長年にわたって安定株主からの追求が少なかったために、経営に対して甘さが残っていたといわれても仕方がありません。ここ数年、日本でも名門企業と呼ばれた企業の中から、過去の粉飾決算や株主名簿の偽装で追及されるケースが次々と表面化しています。

さらに株価が大幅に下落したために、今や海外ファンドや国内企業からの企業買収が急速に増えています。買収対象となった企業からすれば、ある日突然、M&Aという事態に直面したという気がするでしょうが、長年にわたって社内に膨大な現金を貯めていたり、保有資産を抱えたまま活用していないという、経営上のムダをつかれるケースがほとんどです。大株主が変わったら新しい経営陣が送り込まれて、より効率的な経営を目指すことになります。ここでも「企業は誰のものか」が問われています。

以上のような背景に立って、あらためて「コーポレートガバナンス」とは何かを考えてみると、狭い意味では、株主を重視した経営が行われているか、株主から委託された保有資産の活用に万全を期しているか、ということになります。

さらにより広い意味では、経営のチェックは誰が行うのか、タイムリーで公平な情報開示はどのように実施されているか、より本質的には経営陣を誰が選ぶのか、それらの経営システムをどのように作り上げていくのか、という企業としての根幹に関わる領域すべてを含むことになります。

「コーポレートガバナンス」の観点は日本だけの問題ではありません。米国や欧州、発展途上国でも盛んに議論されています。そこにはいまだに「世界統一のルール」というものが存在しません。エンロン事件によって企業の会計不信が蔓延した米国では、監査法人を監視する機能として2002年夏に「上場企業会計監視委員会(PCAOB)」が設立され、監査法人に対する検査任務と調査・懲戒手続きを明確に定めました。

日本でも今年7月に金融庁の企業会計審議会が、上場企業の企業統治をチェックする「内部統制監査基準(案)」を策定しました。来年4月より施行される改正会社法においても、内部統制システム(リスク管理体制、コンプライアンス体制)を構築することが初めて明文規定として盛り込まれました。

1999年よりOECD(経済協力開発機構)は、コーポレートガバナンスに関する世界共通のルール作りを目指しています。そこで指針となる「企業統治原則」をたびたび更改してきました。2004年版の主要項目は次のようになっています。

  • ・透明で効率的な市場を促し、法に整合する仕組みにする
  • ・異なる当局間の責任分担を明確にする
  • ・株主の権利を守り、権利の公使を促す
  • ・少数株主、外国株主も含め、全株主の扱いを平等にする
  • ・社員ら株主以外の利害関係者の権利を尊重、会社との協力を促す
  • ・財務、株主構成、統治体制を含む重要事項の開示を徹底する
  • ・取締役会は執行経営陣を監視し、会社や株主への説明責任を果たす

これらの項目ひとつひとつが、現代のコーポレートガバナンスにおける中心的な論点と見ることができるでしょう。イギリスにある社会的責任投資の調査会社・アイリスが発表した世界の企業統治ランキングでは、日本は調査対象24カ国のうちで最下位でした。米国のガバナンスメトリックス・インターナショナル社の調査では、主要数十カ国のうち日本は下から2番目だったそうです。企業統治に関わる評価は、日本が先進国として今後も海外マネーを呼び込むことができるかどうか、大きな試金石になっているはずです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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