資本主義はいま、どのような問題に直面していると考えられますか?
資本主義の現在を象徴するキーワードとして「強権」と「独占」が挙げられます。デジタル革命の進展に伴い、米大手IT企業の利益独占が批判の的になっていますが、今後AIなどによる社会の徹底した自動化や効率化が進むと、新興国や途上国の雇用に大きな影響を及ぼすと指摘する専門家もいます。
21世紀に入って表面化してきた負の側面
資本主義の現在を象徴するキーワードとして「強権」と「独占」を挙げることができます。強権というと多くの人は、トランプ米大統領が掲げる自国第一主義のように、ポピュリズム(大衆迎合主義)に基づいた身勝手で非寛容な政治や外交を思い浮かべるかもしれません。ただし元をたどれば、そのポピュリズムを醸成して広めたのは資本主義そのものだったのではないでしょうか。
10年前の2008年に発生したリーマン・ショックと世界金融危機では、それまで巨額の利益を上げてきたウォール街や欧州の金融機関が一時的に大損失を被ったにもかかわらず、各国政府の支援を受けてすぐに立ち直り、結果として損失を国民に押し付けた格好になりました。その後も世界中の大企業が税制の抜け穴を使って節税に励む様子が発覚するなど、21世紀に入って以降、一般市民が不公平感を募らせるような資本主義の“負の側面”が目立つようになっています。
それをひと言で表すなら「富や既得権益の独占」ということになりますが、こうした独占は場合によっては産業構造や社会環境、さらには人々の生活様式まで無条件に変えてしまう力を持ち得るため、ある意味で非常に強権的ということもできます。資本主義はそれ自体が強権と独占につながりかねない性質を潜在的に備えているわけです。
資本主義の負の側面が表面化するに従って、最近では民主主義の後退や衰退を危惧する声が多く聞かれるようになってきました。これについては、歴史学者で今年(18年)が没後70年にあたる朝河貫一氏の考え方が参考になります。いわく「民主主義は最も高度で困難な政体である。個人が責任感や道義心、寛容の精神を持たなければ、地盤が緩んでしまう」。
朝河氏の考え方はポピュリズムやナショナリズム(民族主義)が伸長する政治の世界にとどまらず、資本主義のメインプレーヤーである資本家や投資家、株主、企業人たちにも現時点でそのまま当てはまるような気がします。
デジタル革命が格差の収束を反転させる恐れも
実は資本主義はもうひとつ、見方によっては非常に恐ろしい問題を抱えています。
いわゆるデジタル革命の急速な進展によって、「デジタルの富をどう配分するか」という新たな課題が生まれてきました。今年8月に米国アップルの株式時価総額は1兆ドルを突破しましたが、そのアップルをはじめとする米国の大手IT企業は、稼いだお金を株主還元や内部留保に回す傾向が強く、一人勝ちによる利益独占が批判の的になっています。
そして、デジタルの問題が本当に深刻化するのは、むしろこれからではないかと思われます。一部の専門家は、いま世界中で開発が急がれているAI(人工知能)やビッグデータの分析・応用技術などを通じて、ゆくゆくは「デジタル資本主義」とでも呼ぶべき経済の新段階が到来すると予測しています。
例えばAIの普及については失業者の増加やさらなる格差拡大を懸念する声もありますが、どちらかといえば生産性の飛躍的な向上が人口減少問題の解決につながるといった楽観的な見方のほうが多いようです。一般市民の間でも、経済や産業のデジタル化がもたらす利便性を好意的にとらえている人が多いのではないでしょうか。
政治リスク関連のコンサルティングを手掛けるユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長は、将来的にデジタル革命がさらに進むと、これまで長い時間をかけて実現してきた豊かな国と貧しい国との間の「富の収束」が反転することになりかねないと警鐘を鳴らしています。特に危惧されるのが、社会のセーフティーネットが先進国ほど整っていない新興国や途上国の雇用についてだといいます。
新興国や途上国が経済発展を遂げる際には、以下のようなプロセスをたどるのが一般的です。①外資の導入なども含めて都市部の開発が進む ②若者を中心に雇用の受け皿が多い都市部へと人口が移動する ③安価で豊富な労働力を求めて海外企業が進出してくる ④労働者が賃上げと労働条件の改善を要求するようになる ⑤技術革新により製品やサービスの付加価値が高まり、賃金はさらに上昇して中間層が生まれる
経済発展の初期段階における低賃金は、貧しい国や人々が豊かになっていくのを助ける効力があるわけですが、AIなどによる社会の徹底した自動化や効率化は、低賃金の優位性を大幅に低下させることになるでしょう。AIなどが浸透する時代には、人々の雇用には高度な教育や訓練が必要となりますが、そのための新たな教育制度や労働者の再訓練を実現できるのは豊かな国だけに限られそうです。
貧困から脱出して豊かになる道がふさがれたとき、多くの新興国や途上国で若い世代が労働力から政治的な脅威へと変わる可能性があります。場合によっては社会・経済システムそのものに反旗を翻す恐れもあり、資本主義は生産性や効率性を追求する代償として、大きなリスクを抱えることになるかもしれません。