1. 金融そもそも講座

第46回「世界政府とともに」

世界中央銀行の“夢”」は、しばしば「世界政府の“夢”」と同床である。各国の中央銀行はそれぞれの国の法律によって権限を与えられ、金融政策に関わる仕事をしている。世界中央銀行も今の国連の発展形であれ、全く新しい国際合意の下であれ、将来樹立されるかもしれない「世界中央政府」によって権限を与えられないと、その仕事ができない点では同じである。何事にも法的枠組みがないとその機関の永続性、正統性はない。そういう意味では、もし「世界中央銀行」ができるとしたらそれは「世界政府」ができるのとほぼ同時期か、その後であるといえる。

an old idea

世界全体を統括する政府をつくろう、そして同時に「世界中央銀行」を樹立しようという発想はかなり古くからある。その可能性を探る動きが改めて出たのは、リーマン・ショック後の混乱が世界全体に広がるなかだ。「個々の国の政府、中央銀行の対応では限界があるのではないか」との見方が強まったためだ。経済の混乱は世界に及び、各国の中央銀行がそれぞれに対応したが、資金の動きが素早く、しかも国境を簡単にまたぐ中では、その動きはひいき目に見ても物足りなく、的を外し、効果的ではない状況だった。

こうした中で、世界で広く読まれ、経済に精通していて、今の自由主義経済を堅く信奉していると思われている英国のフィナンシャル・タイムズに「And now for a world government」というコラムが載ったことは世界的に注目された。このコラムは2008年の12月8日、つまりリーマン・ショックが起きて約2カ月半が過ぎてから書かれたものだ。私はこの年には年末にかけて2回、米国の東海岸をNHKの仕事で訪れている。10月のリーマン関連の取材に続いて米国の原子力政策を取材する忙しい中で読んだ記憶がある。

コラムニストのGIDEON RACHMAN氏の筆になるもので、彼はこの中で「世界政府を樹立しなければならない理由」を三つ挙げている。

  • 1. 各国政府が直面している最難関の問題は、地球温暖化・国際金融危機・テロとの戦いなど世界全体に広がっている。
  • 2. 交通・運輸と情報通信革命が世界を小さくし、世界政府実現の可能性が高まった。ジェフリー・ブレイニー氏(オーストラリアの著名な歴史家)は今後2世紀のうちに世界政府を樹立する試みが出るだろうと予想している。
  • 3. しかし、政治環境の変化により、世界政府はそれよりも早く樹立されるかもしれない。中国や米国などの国家主権・尊厳を守る動きが強い国でさえ、金融危機と気象変化でグローバルな解決策を迫られている。

国際的解決の必要性

これらの指摘は全く正しい。今や金融危機と気候変動は世界全体が動かなければ解決しないことは明らかである。中国の大気汚染は、偏西風に乗って日本に来る。黄砂が良い例だ。黄砂が来れば福岡で野外駐車している車のダッシュボードは、黄砂の小さな粒でいやな色に染まる。ドイツの森が酸性雨で大きな打撃を受けたのは、周辺諸国の汚染した廃棄物の排出が原因の一つである。

こうした環境問題に加えて、今の世界で喫緊の課題となっているのが瞬時に国境をまたいで動く資本だ。この問題については何回も書いてきた。一国の政府、中央銀行の力ではどうにもならないのだ。ブラジルが「先進国の金融緩和で余ったお金が入ってくることで我が国は、インフレ圧力、通貨高などの困難に直面している」といくら主張しても、米国政府と中央銀行は“超”金融緩和を中止しなかった。自国経済にデフレと雇用悪化の兆候があるからだ。そこには仲裁者がいない。

G7やG8、さらにはG20が国際的役割を果たす期待はもちろんあるし、ある程度の役割は果たしているといえる。しかし不十分だ。G20に至っては、参加国が一言5分づつ喋るだけで3時間にもなりかねない。要するに今の組織・機関では役に立たないのである。

こう考えると、「世界政府」と「世界中央銀行」は、グローバルな経済、資本の動き、そして人の往来が頻繁である現状では“must”のように思える。しかし、そうは問屋が卸さないのだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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