1. 金融そもそも講座

第42回「金融政策の有効性とは? PART1」企業の銀行離れ / 金融政策はかつての有効性を失った

前回は「政策と説明責任」という話をした。そもそも論で言うと、今の世界の先進国中央銀行の金融政策は戦後の成長期に見られたパワー、有効性を欠いている。日本銀行(以下、日銀)がいくら金融緩和をしても日本の景気は良くならないし、米国の金融政策はバーナンキ議長の説明で納得性は高まったが、だからといって今後の米景気の回復が保証されたわけではない。なぜ金融政策の有効性が落ちたのか。

強かった中央銀行の立場

最近金融に興味を持ち始めた人には信じられないかもしれないが、戦後の焼け野原から急成長期における日銀のパワーはすさまじいものだった。その一挙手一投足が注目され、新聞の一面トップを飾った。日銀総裁の人事ともなると、各社新聞記者のスクープ合戦の対象となったものである。これは日本に限らず、世界全体でそうだった。

実際のところ日本では日銀の、さらには世界各国の中央銀行の金融政策は、経済成長を左右する強さを持っていた。成長を加速しようと中央銀行が金融緩和をすると、成長期待が高い中で今まで資金を借りられなかった企業が一斉に借り入れを起こし、それを元に設備投資をし、生産が増えて、雇用や支払い給与も増えて、景気が良くなった。逆に日銀や各国中央銀行がインフレを懸念して金融を引き締めれば、金利が上昇するから支払い負担増を懸念した企業の新規借り入れが抑えられ、設備投資が抑制され、よって雇用も所得も増えずに、景気は鈍化し、インフレが収まるという仕組みになっていた。

戦後間もない世界では、特に日本が典型だったのだが、国民の貯蓄レベルがまだ低く、企業も設備投資意欲が旺盛な割に手元資金が潤沢ではなく、お金が絶対的に不足していた。重要なポイントは企業は銀行に資金を頼り、銀行は中央銀行に資金を頼ったという関係にあったということだ。中央銀行は経済を回すのに必要な、ラスト・リゾート(最後のよりどころ)だった。よって、中央銀行の動きは細かいところまで注目されたし、その一つ一つが中央銀行の将来の動きを予想させる兆しと受け取られたのである。

経済にパワーを与える資金の中心にいるわけだから、中央銀行の権力は絶大だった。金利の上げ下げで経済は一喜一憂し、経済活動はそれに左右された。それ故に、中央銀行の金融政策の力は強く、政策の実効性は非常に高かったといえる。中央銀行の存在感は、為替市場でも債券市場でも、そして株式市場でも強かったのである。金融緩和が示唆されれば、インフレが予見されない限り株価は上がり、それが投資家の懐を暖めて、景気の回復を促した。

企業の銀行離れ

そうした状況が変わり始めた時期や背景については、いくつもの説がある。しかし筆者は大きな枠組みで言うと企業の手元資金、留保資金が貯まり始めて、企業、特に大企業が銀行に依存しなくなったことが大きいと思う。状況が一気に進んだわけではない。企業ごとに違うし、資金調達手段の多様化も徐々に進んだ。企業は格付けの上昇の中で債券市場でも借り入れができるようになったし、新株発行でも資金調達ができるようになった。筆者の記憶では、「企業の銀行頼り」の状況が徐々に変わり始めたのは1980年代だと思う。

経済の血流に占める銀行の役割が低下すれば、当然ながら中央銀行の存在感も小さくなる。日本経済全体をコントロールしていた状況だったのに、徐々にそのコントロールも間接的なものに移行していった。かつ、日本企業の海外進出が加速する中で、企業は「金利の低いところでの資金調達」が可能になってきたのである。つまり金融のグローバル化が、各国の中央銀行の当該国経済、当該国企業に対する支配力の低下を招いたのである。

戦後の混乱期が終わり、徐々に成長が「消費依存」になってくると、資金需要はインフラ整備などの荒々しく大規模な「ハコモノ」から、住宅ローンの集合体などの規模の小さいものの寄り集まりとなった。それが人口の伸びが頭打ちを見せると、銀行への資金需要は企業からも、個人からもあまりない、という状況になったのである。今振り返れば、商業銀行が一番その力を発揮したのは、インフラ整備と企業活動が活発で、個人の住宅需要が高かった戦後30年ほどということになる。

金融政策はかつての有効性を失った

そして今どうなっているかとういと、「金利を下げても資金需要が出てこない」という状況が各国で見られる。そもそも人々(企業と個人を含めて)がなぜお金を借りるかというと、「将来のため」である。企業は今設備投資をすると将来もっともうかるだろうという予測の下、また今技術革新をしないと会社の将来が危うくなると思うから借りる。個人も「子供が増えたら今より広い家がなければ」「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住みたい」といった希望があり、かつ「将来も自分の所得は大丈夫」だからお金を借りる、返せると思うのだ。総じて言えることは、将来への信頼が今の消費を生む。

日本の人口は1945年の7300万人からわずか60年の間に1億2800万人に大きく増えた。人口が増えるということは、絶対的な経済拡大要因である。人口が戦後に劇的に増え、今も世界で抜きんでた人口を抱える中国やインドを見れば、経済の成長と人口が大きな関連を持っていることは明確だろう。あとの経済成長要因は、生産性の向上と投下資本。人口の増加は経済の拡大と需要(資金需要を含む)の拡大を意味する。

しかし今の日本では、経済拡大を確実なものにする人口の増加がない。かつIMD(スイスの著名な経営研究所、国際競争力ランキングで有名)の調査でも日本の生産性の低さが指摘されている。加えて今の日本では、様々な不安(老後、年金、日本経済の先行きに対する)がある。こうした中では、企業も個人も将来に対する信頼を持ち得ない。それ故に、そもそも資金の需要が少ない。生活レベルも途上国とは違って一定レベルに達している。現状に対するある程度の満足が存在する。

肝心の資金需要がないときに、いくら金利を低くしても「では借ります」という企業や人はなかなか出てこない。中央銀行の政策の有効性は、著しく低下しているといえる。今の日本と米国では、「“非”伝統的な金融政策」が実施されている。ただ金利を下げるという伝統的な手法の中では、経済を動かせないのだ。そこで、金利の上げ下げを超えた“超”と称される金融政策が実施されている。市中に流れるお金の量を動かす政策だ。そんな政策は、戦後の世界の成長期には採用されることはなかった。それこそが金融政策の有効性の低下を物語っている。

次回も、「金融政策の有効性の低下」に関して、もう少し突っ込んだことを書く予定だ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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