1. 金融そもそも講座

第50回「米国が抱えた問題 PART1」

前回は「世界が抱えた問題」というテーマで欧州を取り上げたので、今回から米国を取り上げる。「雇用」「成長率の鈍化」「政治の混迷」の三つの視点から見てみよう。

雇用

米国で最も重要な経済の指標といえば、「雇用」である。雇用を増やすことができる大統領は良い大統領であり、再選に値する。逆に、雇用を増やせない大統領には続けてもらう理由がないと考えられている。今の段階では現職のオバマ大統領は後者に分類されつつあり、「オバマの再選は難しい」という見方が広まっている。まだ一年以上先の大統領選挙なのでどうなるかは分からないが、何よりも雇用は大統領選挙を左右する要因である。このことは記憶しておいてほしい。

そして一番大切な前提は、「人口が増える米国では、雇用されている人の数も増えなければならない」ということだ。私が社会人になった1973年には、米国の人口は「2億4000万人」と記憶している。しかし私がニューヨークにたまたま出張していた2006年の10月17日に、米国の人口は3億人になった。その時の訪問記が私のサイトhttp://www.ycaster.com/chat/2006newyork.html)に残っている。興味のある方は読んでほしい。そして2050年を待たずに「人口4億人の国になる」と見られている。

だから米国経済は「雇用が毎月10数万人分は増えないと失業率は上がる」という構造になっている。人口増加が止まった日本とは、基本的構造が違うのである。ところが、最近の米国経済を見ていると、それだけの雇用創出がずっとできないでいる。「経済成長率の鈍化」はこの後で取り上げるが、他にも以下の要因がある。

  • 1. 企業が省力化(コンピューター利用、アウトソーシングなど)を進め、最大のコスト要因である雇用をかつてほど増やさなくなったばかりか、景気の良い時にもリストラを行っているケースもある
  • 2. 国家と違って企業はもともとグローバルな存在なので、どこに工場を作るか、どこでコンピューターのデータ処理をするのかなどは本社所在国にこだわりを持たないケースが多い。こうした世界経済の状況の中では企業誘致の国家間競争が起きるが、そこでは人件費など多くの点で途上国が有利である

これらは極めて構造的な問題であり、特に米国だけが抱えた問題ではない。日本や欧州なども直面している問題だが、欧州では社会保障が充実している。充実しすぎているという判断もできるが、それにしても欧州では失業にはクッションがある。日本の失業率はまだ先進各国の中では低い。対して米国では失業は深刻な社会問題となる。直近の8月は農業を除く製造業・サービス・公的部門などでの差し引きで、雇用の伸びはゼロだった。これは深刻な事態だ。

成長率の鈍化

個々の企業の行動とは別に、雇用が伸びない最大の背景となっているのは「成長率の鈍化」である。特に2007年のリーマン・ショック以降にトレンドとして明確化した。その背景は米国経済をけん引してきた消費、住宅建設の低迷である。

どこの国でもそうだが、住宅建設は最大の消費要因だ。家具を買い、家電をそろえ、電力や水道のインフラを整える。それは多くの場合、街づくりにも通じる。米国では家を一軒建てれば車二台は必要だ。多くの国の政府が景気が悪化すると「住宅建設の促進」を刺激策の一つに挙げるのはそういう背景だ。しかし重要なことは、国家が持ち家や住宅建設をあまりあおると、それが住宅建設ブーム、不動産ブーム、さらには住宅投機・不動産投機が起きるということだ。

米国ではリーマン・ショックが起きるまで、「不動産・住宅価格は値下がりしない」という80年代の日本に見られたような“信仰”や“神話”があった。「人口が増え続けるのだから当然だ」という見方もあった。ブッシュ政権も住宅建設の促進を経済政策の柱の一つにした。しかし「過ぎたるは及ばざるがごとし」だ。やはり不動産・住宅価格の上昇率が、GDPの成長率を大幅に上回る期間が長引くにつれて「投機」の色合いを強め、リーマン・ショックで一気に値下がりに転じた。

日本の経験から見られるように、不動産購入・家屋の建設は多くのケースにおいてローンなどの借金が使われる。不動産・家屋の価格が大幅に下がった場合には、ローン残高が所有不動産の価値を上回ってしまう状況が生まれる。そうなると、消費者など借り手は消費を抑える。借金の返済が第一義務になるからだ。またそういう時代背景が人々の消費意欲を全体的に抑える。米国は他の先進国よりもGDPに占める消費の割合が10%ほど高い7割近くに達していた。その消費が力強さを欠いているのが今の米国経済の置かれた環境である。つまりショックの後遺症が癒えるまでは成長率は持続的には高まらず、よって雇用も伸びの力を欠くということだ。

政治の混迷

そうした状況からの脱出方法を巡って、政治は混迷を深めている。オバマ大統領率いる与党の民主党は、富裕層や大企業からの税収入(控除の撤廃を含めて)を全体で1.5兆ドル増やして財政赤字削減の原資にすると同時に、予算に余裕を持たせて景気にも配慮した経済政策を実施しようとしている。オバマ大統領は来年11月の大統領選挙を控えて、国民に対して「富裕層や大企業により多くの負担を担ってもらう」という姿勢で、伝統的な民主党の支持層拡大を狙っている。債務上限の引き上げを通すために今年の夏の折衝では妥協したが、それでは来年の大統領選挙は勝てないので野党共和党に“宣戦布告”した状況だ。

対して共和党は、「豊かな人間や大企業の活動こそ経済活動の源泉。それに対する税を上げることは、米国経済の活力を削ぐものだ」と主張して、オバマ路線に真っ向から対抗しようとしている。米下院は圧倒的に共和党優位であり、法律成立プロセスにおける“政治のねじれ”は日本よりも深刻である。両党の考え方の違いは一種の「哲学論争」であって容易には解消しない。米国では民主党と共和党の戦いを「階級闘争(class warfare)」と表現する向きもある。スタンダード&プアーズ社は、この「政治の混迷」をもって米国国債を最上位格から引き下げた。

米国経済の苦境については次回、もう少し書くことにする。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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