1. 金融そもそも講座

第49回「欧州合衆国」

世界政府」「世界中銀」に関する考察を重ねている間に、世界経済の危機は進んでしまった。この原稿を書いている9月7日の時点で、金相場は1900ドルを超え(史上最高値)、世界的に株価は下がっている。欧州や米国に財政危機があり、米国の国債は格下げされ、日本は長期デフレ圧力に直面している。加えて途上国経済の成長率が落ちるというトリレンマ以上の危機の中に世界がある。

欧州合衆国?

こうした中で、今までの考察が無駄ではなかったと思える動きが出てきた。それは、「通貨」「金融」だけを統合しても今の欧州の危機は乗り切れないという意見から「中心的な権限を持つ“欧州合衆国”を作ろう」という発想である。すでにこの連載で取り上げてきた通り、欧州が抱えている矛盾の一つは、「通貨=ユーロ」と「金融政策」に関しては一応の統合が実現しているのに、国内政治と密接に関連している財政に関する決定が各国に委ねられている点にある。

それがEU(欧州共同体)に遠心力を与えてしまった。租税制度は各国ばらばらで、税収を使う道も各国政府が決めている。赤字が出ても各国は比較的自由に財政の赤字を積み上げてしまった。EUとしての一応の縛りはあったのだが、90年代以降のグローバルな経済危機の連鎖の中で、各国は「景気刺激」などの名目で財政支出を優先して赤字を積み上げた。そのツケが今の欧州、特に南の各国の財政危機であり、それがグローバルな危機を引き起こす一因になっている。

いくらギリシャ支援を決めても、次々に「問題を抱えている」と判断され、マーケットから狙われる国が出る今の欧州。対症療法では対処できないとの判断から、やや距離の長い目標として出てきているのが「財政も統合を」という発想だ。むろん、複雑な民族、国家意識の衝突があるから一筋縄ではいかない。これまでEUの首脳もあえて財政統合を目指す発言を表立ってはしてこなかった。なぜなら、財政でも統合を目指すとなると、各国の国内勢力から「EU反対論」が噴出するためだ。

考えてみよう。ギリシャやイタリア、それにスペインの若者は自分たちが選んだ政府に対しても、「俺たちはそんな条件は飲めない」とデモ、ストを繰り返している。自分たちが直接選ぶのではない「欧州合衆国」の役人などから「ああせい、こうせい」と言われるのを好むだろうか。例えば「福祉切り下げ」と言われて同意するだろうか。そうは問屋が卸さないと私は思う。

追い詰められている欧州

そんなことは分かっていても、財政でも縛りを強くして、各国の財政の動きをコントロールする権威をどこかに与えて、その指令で欧州全体が動く仕組みを作らねばならない、というのが欧州の置かれている状況である。個々の支援を繰り返しても、欧州の苦境は乗り切れない状況になってきている。欧州の銀行システムの安全性に関する懸念にまで拡大しているから、問題は深刻だ。

「欧州合衆国」は夢(人によっては悪夢だろうが)のような話だが、米国発足時の13州が分散していた権限(財政を含めて)を徐々に集約させていかに“合衆国”になったかのプロセスを、欧州の一部の政治家が検討しているという報道もある。米国が合衆国になったのは随分昔のことだが、それくらいしか前例がないということだ。この発想は、言ってみれば「欧州政府」ということだ。「世界政府」より範囲は狭いが、発想は同じだ。むろん道のりは厳しいだろう。欧州の国々は、それぞれの歴史、文化を含めて、違いを楽しんできた経緯があるからだ。まずもって各国の政治家がその方向で動くかどうかが不明だ。

しかし筆者は、今の欧州がマーケットから「安定した地域」と見なされるためには、この方法しかないと思う。各国でのEU条約の改正が国民投票にかけられたときには、非常に多くの問題が発生するだろう。しかし、今の欧州は通貨安、株安で示されている通り、抱える危機が深い。欧州の中で一番強い国と思われているドイツでも、株価は強い下落基調になっている。何かをしなければならない状況なのだ。財政をも管理する「欧州合衆国」は一つの価値ある発想だ。

司令塔不在

なぜ欧州が“合衆国”まで考えざるを得ない状況になったのか?欧州は抜本的な問題が解決されないために、危機がぶり返す状況にある。抜本的な解決策とは、例えばギリシャが国民的合意を得て、財政の立て直しに動き出すといったことだ。しかしこれがなかなかできない。何かあれば国に頼りたいという国民意識が消えないのだ。フランスの国債の格下げ懸念も残っている。

一方、米国は来年の大統領選挙を控えて、財政赤字削減を目指した政治的合意が難しい状況にある。スタンダード&プアーズ社以外の格付け会社は米国国債の格下げを9月初め時点では発表していないが、悪化する米国の財政に対する懸念はマーケットでは根強い。何よりも米国経済が雇用の創出力を失ってしまった。8月の雇用統計では農業部門以外の雇用者数が全く伸びなかったことが明らかになった。人口が恒常的に増える国でこれは厳しい。こんな状況が続けば、今でも9%を超えている失業率はまた上昇しかねない。

世界経済の先行きを一層警戒しているのが、これまで順調な成長を続けてきた中国、インド、ブラジルなどが抱える深刻な問題である。共通するのは高いインフレ率だ。

故に、これらの国はこれまで一貫して金利を上げてきた。借金が難しい環境を作ってきたのだ。しかし、これらの国も所詮は「先進国への輸出」で経済を回していた面がある。その先進国経済の低迷が長引く中で、途上国の経済活動もやや鈍化してきた。ブラジルは9月に入って政策金利を0.5%引き下げた。下げても12%あるから経済は強いのだが、今までには見られなかった状況だ。インドの今年4~6月期の成長率(7.7%)も前期よりは若干低下し、昨年同期に比べるとかなり大きく落ちた。

より大きな視点でいうと、「司令塔不在」が世界のマーケットを不安にさせている。今まで世界経済の司令塔といえば米国だった。司令塔あってこその世界経済、マーケットの安定だった。今はその米国自身が大きな危機の中にある。欧州も世界経済で指導権を握れる状況ではない。日本も苦しんでいる。途上国が世界を引っ張る力はまだまだだし、政治的、文化的に司令塔にはなれない。

今後は数回にわたって世界経済が抱えた問題を取り上げる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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