1. 金融そもそも講座

第35回「重い格付け引き下げ」

今回は2011年の1月末に発表された米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズの日本の長期国債格付けの引き下げ問題を取り上げる。そもそも「格付け」とは何か、今回の格付け引き下げが日本にとってどういう意味があるのか、そして日本は何をしなければならないのか。数回に分けて取り上げる予定だ。

投資に尺度を提供

投資の世界における「格付け」とは、各種の債券、具体的には社債や国債を発行している会社や国、地方自治体に関して、それらの機関が「元本や利息の支払いを契約通りに行わない危険性(信用リスク)がどの程度あるか」を簡単な記号で表し、投資家に広く知らせる行為であるといえる。

今の世界では数限りない債券が発行されている。今回、問題となっているのは日本という国の借金の証書としての日本国債である。これとは別に、企業や地方公共団体なども社債や公社債を発行している。それらは「借金証書」であって、それを発行した機関は多くの場合において、期限が来たら投資家の皆さんに借りたお金を返さなくてはいけない。世の中にお金を借りる方法としては、例えば銀行で融資を受けるといったやり方もあるが、債券発行も有力な手段で、その買い手の多くは機関投資家であったり、我々のような個人投資家である。

しかし我々の知識は、「発行されたどの債券でも知っている」というほど、広く深くはない。それは多くの機関投資家にしても程度の差こそあれ当てはまる。すべてを知るのは難しい。しばしば投資家は、債券の発行体も発表していることが本当かどうかも確とは見抜けないし、かつ発行体(企業や国、地方公共団体など)が意図的に重要事項(例えば企業だったら売り上げの減少など)を隠していることもある。また、必要事項の公開やその方法も投資家のことを考えていないこともある。それだと投資家は間違った情報により、間違った投資判断や決断をしてしまう危険性がある。

そこで、「ここは大丈夫じゃないでしょうか」「いや大丈夫じゃないかもしれない」といった専門的な知見を発表する機関がある。それが「格付け機関」と呼ばれる一連の会社や団体などである。

進む制度化

「格付け機関」の影響力は、発行される債券の数の増加とともに拡大した。戦後の金融の流れを見ると、最初は“融資”(間接金融)が主だったから、そもそも融資先が大丈夫かどうかといった外部情報はあまり必要なかった。銀行など融資している方は専門家で、自ら収集した。しかし徐々に企業が債券発行を増やし、国が国債の発行に国家財政を依存し始めるという形で直接金融に移行したことから、事態は変化した。発行される債券の数が増えて、投資家にはすべてをカバー(内容を知り、判断する)することが難しくなったのだ。

投資先として選ばねばならない債券の種類が増えたことは、投資家が集めなければならない情報が増えたということだ。しかし何事でもそうだが、すべてを知ることはできない。そこで、どうしても債券(の発行体)を分析する専門機関とその知見が必要となった。投資家は投資の最終的決断は自分でするにしても、傍証が欲しい。それを格付け機関に依存するという体制が80年代から広まり、環境を変えながら今に至っているのである。

では今、実際にどういうことが行われているかというと、投資を業務の主体としている多くの金融機関では、投資決定に当たって「どこどこの格付け機関がこれだけの判断を下しているので」ということを投資決定の付帯、しばしば必須条件にしている。多くの機関投資家で、「格付け機関のある程度のお墨付きがないと投資はダメ」という体制に移行しているのだ。つまり、今の投資の世界では「格付け機関の認定」が制度化されている。「格付け機関がこう言っているのだから」という一種の“責任逃れ”の面もあるが、投資をより客観的なものにしたいという努力の表れでもある。

そうした着実に進む環境こそが、数々の批判はあっても格付け機関が投資の世界で力を増している理由である。

利益相反も

一つの重要なポイントは、「格付け機関」と呼ばれていても、実はそれらは営利企業であるケースが多いことだ。つまり、格付けをすることによって利益を得ている。それは発行債券を投資家に売るために、格付け機関に“格”を取りに行く企業なども多いためだ。それで利益を得ている格付け機関の格付けを信用して、投資に関する決定を下す投資家(機関投資家であれ個人投資家であれ)が多いのである。これはリーマンショックの時もそうだったが、利益相反を引き起こす問題だ。しかし、それでも格付け機関の判断は重視される。他に投資判断に役立つ客観的な知見を得にくいためである。

格付け機関の影響力の強さが最近注目を浴びた例が、今回のスタンダード・アンド・プアーズ・レーティング・サービスによる日本の長期国債の一段階引き下げだったといえる。
実際にこの発表が行われた瞬間には、円と日本国債が売られた。つまり一格付け機関(会社)の発表が、マーケットを動かしたのである。ということは、投資家ばかりでなく、マーケットもまたいろいろ問題があることが分かっていながら、格付け機関の判断をそれなりに気にしている、ということだ。

日本の長期国債格付けが一段階引き下げられた理由は以下であり、多くの人が納得するものだった。

  • 1. 日本の債務残高が世界の先進国の中では突出して対GDP比で大きいこと
  • 2. かつその債務残高を対GDP比で減らしていく確たるプランがないこと
  • 3. 例えばプランができても、それを実行していく政治的環境が希薄なこと

しかし、この格付け機関の判断は、一瞬は市場を動かしたが、その後の推移を見ると、影響は長続きしなかった。指摘は当たっているが、なぜ長続きしなかったのか。また、それらの指摘が正しいとすると、日本は何を成すべきか。今後そのあたりを解説したい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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