1. 金融そもそも講座

第87回「ミャンマーの可能性と課題 PART5」金融システムの未整備 / 宗教国家であること

前回に取り上げたミャンマーの民族問題。原稿を書いたその後に、ミャンマー中部の町メイッティーラで多数派である仏教徒が三日間にわたって少数派のイスラム教の寺院と教徒を襲うという事件が発生したこと、それが警察だけでは収まらずに軍が投入されて収まったこと、その一連の事件の後にアウンサン・スー・チーさんが軍の幹部らと一緒に軍事パレードを閲見したことを付け加えておく。今回は「金融システムの未整備」と「宗教国家という制約」について取り上げる。

金融システムの未整備

ミャンマーが安定的な成長を遂げる上で克服しなければならない問題はまだまだ多いが、中でも金融システムの整備は急を要すると思われる。ミャンマーに滞在した一週間以上の間、私たちは誰一人としてクレジットカードを使えなかった。使うことを許されていないからだ。我々は事前に旅行費用の大部分を旅行会社に払っていたからお金を支払うシーンはあまりなかったが。

欧米の個人客は大変だったろうなと思う。彼らは本国では支払いのほとんどをカードで行っており、「カードは使えない」と言われたら困ってしまう。ひとえにミャンマーの金融システムが全く前近代的なためだ。加えて1000チャットが日本円で100円という世界だ。「昔は車を買うときなど米俵のような袋にお札を入れて買いに行っていた」とガイドが教えてくれた。札を数えるだけで日が暮れてしまいそうだ。

それでも最近は少し進歩したらしい。今はまずお金を銀行に持って行って金額を確認してもらい、その後に銀行間決済するという。普通の人より銀行員はお金の勘定にたけているから、少しは高額決済が早くなる。しかし金融システムの未整備の問題は先進国ではほとんど存在しないので、日本からの進出企業は戸惑うらしい。

またミャンマー国籍の人が銀行に預金をすると今は年10%の利子が付くという。今の世界で10%の利子を保証してくれる国などない。このことが意味するのは、「ミャンマーでは圧倒的に資本が不足している」ということだ。なぜなら外国人はミャンマー国内で預金ができないからだ。また国土は国の保有で、国民は期間30年で賃借する権利を買い、それを売り買いするのだという。その点は中国と同じだ。

宗教国家であること

ミャンマーが抱える課題として最後に「労働力」と「宗教」に関わる問題に触れておきたい。これは日本人のミャンマー研究者があまり指摘しない点だが、私は同国にとっての、そして同国に進出する日本企業などにとって問題となる可能性があると思う。

行ってみたから分かったのだが、ミャンマーは日本よりはるかに宗教的な国だ。生活全般において「仏教」が顔を出す。ガイドであるウィーさんは「男の子ができて、成長した彼がお坊さんになりたいと言ったら、うれしいし応援する」と言った。また彼は我々と旅行中も一度として朝のお祈りを欠かさなかった。毎朝、我々の相手をする前に、近くの仏塔などに行ってお祈りをしていたのだという。

彼によれば、ミャンマーの男性の20%は「お坊さん」という職業に一生ないし、一時的に就くという。お坊さんは祈ることと托鉢(たくはつ)が主な時間の使い方だ。無論、生産活動には参加しない。ということは尼さんもいることを考えれば、ミャンマーの労働人口はその人口統計で推測できるほど多くはない、ともいえる。

深く仏教に帰依する国として見れば、恐らく個々の労働への意欲などは日本で想像するのとは違っているのだろう。「真面目だが、日本人とは違う」という点が重要だ。「宗教の国」ということをこの国に進出する企業は心得ていた方がよいと思う。彼らは「輪廻転生」を信じて生きており、「人生は一度きり」と考えている日本人とはかなり違う。

それでも成長へ

問題を数多く抱えながらも、今後10年でミャンマーは急成長を遂げる可能性がある。何せ発射台が低い。それだけ成長のポテンシャリティは大きいといえるし、インド(人口12億人)と中国(人口13億人)という二つの人口大国、成長しつつある国と国境を接するという地理的優位さも寄与するに違いない。加えて日本や米国、それに欧州の企業の投資が活発化している。

同国は何よりも、「China+1」または「China+2」(中国以外に1カ国か2カ国に工場を持つ)への動きの中で重要な位置を占めている。既にこの観点からの工場進出は活発化している。この動きが続くうちは「投資中心」に足早に成長すると思う。そしてその後は「内需」が関わる成長になるだろう。ヤンゴンのスーパーなどでは「買い物を楽しむ消費者」の姿が見えた。まだ外国人の駐在員や比較的豊かな一部のミャンマー人が中心だが、その裾野は今後一気に広がるだろう。タイは国民一人当たりGDP(名目)が5000ドル超、ミャンマーは800ドル超だが、おそらくタイのレベルにまでは比較的早く到達すると思う。

問題はその後だ。インフラ不足などや政情不安で小休止をするのではないか。その後の発展は、その小休止での政策によって大きく変化するだろう。民族問題がどのような展開を示すかも大きい。いずれにせよ楽しみな国だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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