1. 金融そもそも講座

第84回「国際会議とマーケット」

ミャンマーの連載を再開する予定だったが、2月中旬にG7声明やG20の公式会合があり、それらがマーケットにも大きく影響したので、今回は「国際会議とマーケット」との関係を取り上げる。ぜひこの機会に、国際会議がマーケットに与える影響の“プロセス”を押さえてほしい。

影響の大きい国際会議合意

まず、なぜ国際会議がマーケットに影響するのか?今回のG7声明とG20は円安と日本の株高のペースを少なくとも一時的に緩めた(この原稿を書いている2月20日現在)。昨年末、80円台から円安に移動してきたドル/円相場は、95円の直前で「国際会議の行方に対する思惑」もあって上げ止まり(円は「下げ止まり」)、その後はG7声明とG20会合を挟んで90円台の前半で推移している。一連の国際会議が、結果的に円の下落(ドルの上昇)に歯止めをかけたからだ。

しかし今回はたまたまそうだっただけで、むしろ相場を一方向に動かそうとしたり、既に出ている方向を加速する国際会議もある。1985年9月のプラザ合意は、その後、数年続く大きなドル安のトレンドを引き起こした点で有名になった会議である。「国際会議」とは何かというと、「政府の意思の集合体が出来上がる可能性がある場所」という点が重要だ。ある国の政府の方針が相場を動かすことはよく知られている。一般的に今の日本の株高、円安は「政権が民主党から自民党に移りそうだ」「そのトップの安倍首相の政策は、株を上げ、円を下げる効果のある金融緩和重視に移りそうだ」という観測で動き始めた。

安倍首相の政策は実際にその方向に動いている。しかしそのマーケットの動きに歯止めをかけたのが、今回はG7声明という先進国通貨当局間の合意であり、G20という国際会議だった。

ではなぜ国際的合意や国際会議の結論や考え方が安倍政権の政策が指し示す方向をしのいだのか。一つの推論としては、安倍政権の打ち出した政策がマーケットに及ぼした影響は、既に数カ月にわたって市場に織り込まれていたからだ、と指摘できる。

各国の基本は“合意”遵守

もっと一般論として重要なのは、今の国際協調が基本の世界では、しばしば多国間の合意の方が個々の政府の意思よりも上位に立つということだ。国際的にある事を約束した当該国の政府は、その約束を守らねばならない。守らねば国際的に違反を問われ、場合によっては仲間はずれにされたり、制裁される。制裁はその国の経済にとってよくないから、普通は国際合意に参加したら、その国は合意の方向に行動(政策)を修正しなければならない。

では今回の場合はどうか。まず出たのがG7声明で、G20を前にして先進国(日本、米国、欧州)の隊列を整えておく必要があった。なぜなら、ブラジルなど途上国は、「先進国の行き過ぎた金融緩和が途上国の経済を混乱させている」「先進国は通貨安競争を仕掛けている」という主張をG20で展開する可能性が強かったからだ。“通貨安”といえばこの数カ月は円だが、その前はドル安があり、加えてユーロ安があった。先進国は共同して事前に「先進国の金融緩和政策は、通貨安を目的にしていませんよ」という立場を鮮明にする必要があった。途上国の先進国批判を避けるためにだ。

出てきた声明は全部で4センテンスの短いものだった。この中で普段は見られない、一番重要な文は「我々の財政・金融政策は、従来もそうだったし、今後もそれぞれの国が国内政策手段を使って各国の国内目標を達成するためのものであること、さらに我々G7諸国は為替レートを目標には設定しないことを再確認する」と訳せる。この一文によって「G20の中でのG7の立場」を鮮明にした。

株価は再上昇?

このG7の声明でG20の議論の方向性は決まったといえる。G20の方が国の数は多いが、GDPの総体的な力を見ればG7構成国の方が大きい。G20でも、G7が事前に出した声明をあからさまに否定するのは難しい。途上国の景気も、結局は先進国への輸出が支えている面が大きいからだ。だとしたらG7もしなかった「日本の名指し批判」をG20が行う可能性は低かったといえる。日本はこの数カ月の調整的な円安の前には懲罰的にも見えた通貨高に苦しんだ。G7やG20の直前の通貨の動きだけで批判されるいわれはなかったのだと思う。

しかし日本は、「財政・金融政策はそれぞれの国が国内政策手段を使って国内目標を達成するためのもの」「為替は目標にしない」との国際合意に参加したが故に、デフレ脱却の有力手段の一つと見られていた「外債の購入」を当面はとらない方針(安倍首相)へと政策変更を余儀なくされた。あまりにも外国為替相場を直接的に動かしてしまうからだ。G20の前には一時安倍首相はこの選択肢を挙げていたから、国際合意は日本の政策選択の余地を狭めたといえる。

重要なのは、G20の国際合意では為替政策に関して制約的な合意が入っているが、「株価の上昇」については何ら制約がないことだ。なぜなら、各国にとって今の時期の株価上昇には何ら反対する理由がないからだ。この原稿を書いている時点でのマーケットの動きを見ると、円相場はG20の言う通り「stay」しているが、株価については「上値追いを再開した」とも思える動きになっている。

かくも国際会議は相場の方向に影響を与えるのである。国家の意思の集合体としての“合意”は、常に先行きに不安感を持っているマーケットにあっては、少なくともある程度の時間軸において相場の方向性を左右する。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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