1. 金融そもそも講座

第64回「今、ギリシャでは何が…?」

前回、「大切な老後資金を非常識なスキームに投入する悲惨な事件も後を絶たない。次回は、そういった問題にも触れてみたい。」と書いたが、ギリシャを実際に見る機会に恵まれたので、2回にわたりその報告をしようと思う。ギリシャが今どうなっていて、どんな問題が起きているのか、何がそれを誘発したのか、そして今後どうなるのかなど、臨場感あふれる報告をどうぞ。

失業の嵐

訪れたのはつい先日、4月中旬である。春の日差しが強くなり始めて、気温も上がってきた時期だった。実際に昼間は半袖で過ごせた。しかし、ギリシャを取り巻く環境は、聞きしに勝る厳しさだった。失業がその代表例だ。とにかく、街を歩いただけでも商店の閉鎖が半端でないことが分かる。

滞在中に読んだ「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(ギリシャ・セクション)」にその厳しさを端的に示す統計が載っていたので紹介しよう。同紙はHellenic Statistical Authority(ELSTAT:ギリシャ統計局)の発表として以下のように掲載している。

  • 1. 今年1月のギリシャの失業率は21.8%で、これは昨年12月の21.2%からさらに上昇した。2010年1月の同国の失業率は10.8%、2008年は7.8%だった。今のギリシャの失業率は2008年からは3倍に、2010年からは2倍に上昇している
  • 2. 今年1月末までの1年間にギリシャで職を失った人は36万3369人。つまりギリシャでは毎日1000人が職を失っていることになる。1月末の失業者総数は108万4668人に達した(ちなみに、ギリシャの人口は1100万人)

すさまじい数字の列挙だ。ギリシャの人たちが例外なく「ひどい景気だ」「今はとても悪い」と憤る理由はこの統計を見ただけで分かる。加えて、若者の失業率は各種統計で50%を超えるとされる。

失業がどこから生じているかといえば、二つだ。まず、ギリシャにそもそも「産業」といえるものは海運と観光くらいしかなかったが、今は海運も他国に奪われて観光しか残っていない。その観光も経済の混乱の中で低迷し、街を歩くと商店、レストランの大部分が閉まっていて、雇用のベースが失われているのが分かる。本当に「closed」と表示している店が多く、最近まで営業していたことを思うと心が痛む。

黄金の夜明け

今まで雇用を吸収してきた官庁も激しい引き締め策の中にあり、むしろ雇用を切っている。タクシーの運転手によると「選挙の度に有力政治家は支持してくれそうな人に官の仕事を与えてきた」という国だから、国民に占める公務員の割合が非常に高い。そこが雇用を減らさざるを得なくなっていて、失業率の大幅増となっている。

にもかかわらず、ギリシャは今でもアジア、欧州、北アフリカの接点だ。アテネの街には実に多様な人種がいる。欧州とアジアと北アフリカのクロスロードの国で、移民も多い。その移民に反対という人もたくさんいた。

その代表格が「黄金の夜明け」と名乗る団体だ。英語では 「Golden Dawn」と表記される。5月6日に行われる総選挙で、得票率が3%を超えて議会で勢力を持ちそうだということで注目を浴びている。彼らが最も訴えるのが「移民排斥」だ。これは私の考えだが、移民がやっている仕事をギリシャ人がやるかといえば、「そうではないだろう」と思う。イタリアでもそうだが、そこで生まれた人は“かっこいい”仕事をしたいし、それしか探さないのだ。しかし、自分が失業しているのは「移民のせいだ」と考える人も多い。

「黄金の夜明け」と名乗る団体は今後、日本でも紹介されることが多くなるだろう。この問題につてはまた書くが、アテネの街を歩きながらすさまじい量の落書きを目にした。私が駐在した70年代後半のニューヨークもそうだったが、街がすさんでいる何よりの証拠である。

政治家とドイツとIMF

ギリシャの人たちと話をしていると、会話の中に“悪者”が三つ登場するのが分かる。それは「政治家」と「IMF」と「ドイツ」だ。「失業の急増はIMFと政治家のせいだ」と言う。確かにその側面はある。韓国でもそうだったが、IMFが入るとその国は一時的であるかどうかに関係なく、失業率の大幅な上昇に見舞われる。ギリシャの場合はその程度が半端ではない。前に掲げた統計のとおりだ。

「政治家」に関してギリシャ人が使う最も多い言葉は、「corruption(汚職)」だ。タクシー運転手は、「今走っているこの道路の建設にしても政治家の懐にお金が入っている」と非難した。「IMFの政策を導入したのも過去の政治家だ」と彼らは怒る。「でもその政治家を選んでいるのは国民だよね?」と私が聞くと、「彼らは我々国民を政府の良い職に就けてやるとか、いろいろ誘うんだよ。それには勝てない」と答えた。

さらに「ドイツ」に対する憎しみにも似た感情を何回も表明した。そもそもギリシャは第二次世界大戦でドイツに占領されてひどい目に遭っている。EUやIMFのギリシャに対する厳しい融資条件の背景には「ドイツがいる」と彼らは考えている。自分たちが起こした危機のおかげでユーロが安くなり、それがドイツの工業製品の輸出を助けていることも知っている。ドイツの輸出企業(ダイムラーやBMWなど)の業績は目を見張るばかりだ。ドイツの失業率はギリシャの半分以下で若者では10分の1程度しかない。

こんな状況でドイツやIMFが好きになれるはずがないのは確かだ。「じゃ、ユーロから離脱して独自の道を選ぶのか」と聞くと、彼らは「それはダメだ」と言う。「戦争被害とかでギリシャは欧州の犠牲になっている。もっと返してもらわないと」とか、「ユーロを離脱したら、ドイツあたりからの借金が膨らんでしまう」とも言う。よくご存じなのだ。さらにドイツの“陰謀”として「産業を我々から奪った」と思っているようだ。「ギリシャは農業だってよかったのに、今はダメだ」と…。実際に見たギリシャの現状では、出口がないように感じる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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