1. 金融そもそも講座

第77回「大陸的粗雑さ PART4」摩擦が伸ばした日本製品 / ベルリンの壁崩壊 / ボリューム・ゾーン

“大陸的粗雑さ”の対極に位置している日本製品。戦後における世界進出には著しいものがあった。特に世界最大の経済国であり豊かな米国では、車から家電までその存在感は年を経るごとに増した。しばしば貿易摩擦の対象となったが、それ故にまたシェアを伸ばし、欧州でも、そして一部途上国の富裕層にもよく売れた。その存在感に陰りが生じたのは、ベルリンの壁が崩壊して世界経済がその構造を大きく変えたことがきっかけだ。

摩擦が伸ばした日本製品

私がまだ米国にいた1970年代後半くらいから、品質が良いものを追い求めた米国の消費社会で、日本製品は多くの分野で急速にシェアを伸ばした。自動車やテレビなど、エレクトロニクスでもそうだし、鉄鋼などの消費者の目には直接触れない素材の分野でも、日本は躍進した。それは私が見るところ性能が良く、仕上がりが素晴らしかったからだし、さらにソニーのウォークマンのように斬新なアイデアが吹き込まれていたからだと思う。

日米貿易摩擦の歴史は、私から言わせれば「日本製品の伸張の歴史」である。“摩擦”故に日本の製品が米国から閉め出されたことはなく、逆に伸びるケースが多かった。それは豊かな消費者が日本製品を高く評価し、日本の業界を訴えた米国の業界を味方せずに、“静か”に日本製品を買ったからである。今から振り返ってみると、摩擦があった商品ほど後に米国でのシェアを伸ばしている。自動車がよい例で、今の日本車が米市場において3割を超えるシェアを占めることは、私が米国にいたころには想像もできなかった。

アイデアもある、仕上がりも良い日本製品は、「割高でも売れる商品」となった。それは欧州でもそうなりつつあり、それ故に日本の対外貿易収支は黒字が続いた。

ベルリンの壁崩壊

日本が国際貿易での圧倒的な地位を失うきっかけとなったのは、実は「ベルリンの壁の崩壊」だった。それまでの世界経済は言ってみれば「(豊かな先進国の)10億人の世界経済」だった。世界経済の半分以上を占めるソ連、中国などは、世界経済の参加者ではなかった。国が体制として社会主義を掲げ、米欧・日本と思想的に対立し、資本主義的に豊かになることを拒否していた国も多かったからである。貧しい途上国も、世界経済の参加国とはいえなかった。

当時の世界を見渡すと、豊かな先進国(日本製品を歓迎するような消費者を抱えた)と、貧しい社会主義国家、開発途上国(日本製品には関心も示さない)に分かれていた。社会主義国や途上国の人々は、先進国の人々とは価値観も違う、統治制度も違う世界に住んでいたのである。彼らは日本製品の顧客ではなかった。値段もそうだが、彼らの暮らしは日本製品の精緻さを必要としなかった。

ベルリンの壁崩壊は、世界経済の構造を変えた。それは何よりも世界中が「経済的に豊かになること」を目指して走り始めた瞬間だといえる。世界経済はそれまでの「10億人の世界経済」から「40億人の世界経済」になった。社会主義の考え方の崩壊とはそういう意味だ。社会主義は“富”(それを持つ人、階層)をある意味で敵視していたが、ベルリンの壁が崩壊した1989年以降は、主義主張を捨てて「経済発展と豊かな生活」を求めて経済活動を活発化させた。

ボリューム・ゾーン

経済発展や国民生活の向上には時間がかかるし、資本も技術もいる。旧社会主義国や途上国には人的資源はいくらでもあった。最初に世界の工場の地位を狙った巨大国は中国だが、時間の経過の中で旧社会主義国や途上国に生まれたのが「ボリューム・ゾーン」といわれる人々だ。定義はいくつもあるが、年収が50~60万円から、高い場合には250万円程度の人を指す。先進国の基準からいえば所得水準は低いが、生活費が安い途上国では購買力がある層だ。

重要なのはそういう人たちが世界中で圧倒的に増えたということだ。1990年代からその傾向が強まり、21世紀になってから加速した。自国経済の発展の波に乗って所得を増やした階層で、いろいろな見方があるが、20億人近くいると思われる。これは先進国の人口よりもはるかに多い。一大消費集団として登場したのだ。特徴は、高い日本製品を買うほどには豊かではないが、先進国で使われている各種商品を熱烈に欲しがる人たちである。

その消費者層に強烈に食い込んだのが、台湾や韓国、最近では中国の企業ということになる。性能や品質で追いついていなかったこうした国々の企業は、日本企業があえて当初は獲得しようとしなかったボリューム・ゾーンの人々をターゲットとした。しかし既に購買力の伸びが鈍っていた先進国の豊かな消費者に比べて、これらボリューム・ゾーンの購買力はすさまじく伸びたし、販売数量も圧倒的な水準に達した。その“数”が企業の資材調達力を変えた。大量に扱う方が資材調達力は高まる。台湾、韓国、それに中国企業の伸張が著しくなった背景だ。

大陸的粗雑さの対極にある日本製品の魅力が失われたわけでは必ずしもない。台頭する中間所得層の重要性を早くから見抜いていた日本企業も多い。しかし豊かな消費者にこだわりすぎた多くの日本企業が、世界経済の構造変化についていけずに、世界市場における存在感を失った。台頭しつつある中間層がまず求めたのは“安い価格”だったからだ。日本企業はそれに対応できなかった。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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