1. 金融そもそも講座

第88回「アベノミクスへの視線」

しばらくミャンマーに関する連載を続けてきたが、ちょうどアウン・サン・スーチーさんの来日前に掲載ができてよかったと思う。少しでも参考になったのではないだろうか。今回からは通常モードに戻って、世界で起きている金融・経済に関する事象を“そもそも”の視点から個別に取り上げていきたい。まずは「アベノミクス」を世界はどう見ているのかを解説する。

意外にも評価が・・・

とても興味深かったのは、4月18日~19日にワシントンで開かれたG20の会合だった。最近ではもっとも端的に、「各国が日本の政策をどのような視点で見ているか」が出ていたように思う。ある国の政策がもたらす自国へのメリットとデメリットへの判断、国際社会での自国の立場。各国の立ち位置には複雑なものがあったが、総合すると事前予想に反して、日本政府や日銀が推し進める異次元緩和を含めた一連の政策への“評価”と“期待”が強くにじみ出たものになった。

事前の段階では、日本では「円安傾向に対して各国から批判が出るのではないか」との懸念が見られた。実際にそれを口に出し、メディアで流れた参加国高官の発言も複数あった。しかし、G20の終了直後に出てきた声明はその予想とは違う形のものだった。

声明(全文は財務省ホームページを参照)には、「In particular, Japan’s recent policy actions are intended to stop deflation and support domestic demand.」という文章が入った。この一文は、「前回のG20会合(2013年2月中旬)以降にあった前進・・・」の中に出てくるものだ。訳すと「特に日本の最近の政策措置はデフレを止め、国内需要を支えることを意図している」と言及している。わざわざ声明が日本の政策を取り上げてその狙いにまで触れたということは、その通りの実績を残すことを“期待”し、期待しうる政策として“評価”したと理解できる。評価しなければ、わざわざ言及もしない。背景には、今の世界がおかれている以下のような経済状況があると思われる。

  • 1. 4月に入ってから商品相場で大幅下落などがあった。実際に「デフレ」は世界の抱える問題でもあり、日本のデフレ対策としての財政・金融政策は支持せざるを得ない事情
  • 2. 日本の内需が増えれば自国の対日輸出が増えるであろうとの期待

一方では警告

むろんG20は日本に“警告”も与えている。これも国際会議の常だ。手放しの評価はなかなかしない。G20が為替について何を言ったかというと、前回の声明の繰り返しである。「繰り返す」ということは、G20としてそれを強く、今でも意識していることを示す。「We will refrain from competitive devaluation and will not target our exchange rates for competitive purposes」の部分だ。「通貨の競争的な切り下げを自粛し、競争的目的を持って為替レートをターゲットにしない」ということだ。

この部分の文章の再録にあたって、“Japan”とは名指ししなかったが、各国が日本を念頭に置いていたことは確かである。なぜなら、この数カ月で一番下げている主要通貨は円だからだ。名指しがなかったのは麻生財務大臣と黒田日銀総裁の説明に説得力があったのと、名指し批判にはよほどの証拠が必要だが、“それはない”状況であったことが背景だと思う。しかし、この文章は「日本への警告」でもあるのだ。国際的な声明というのは、しばしばこうした間接話法がとられる。

声明は日本の財政政策に関して、「Japan should define a credible medium-term fiscal plan. 」とも言っている。「日本はもっと信頼に足る中期財政計画を立案すべきである」と訳すことができ、これは「(消費税を上げることを決めたが)日本は中期的に財政赤字、累積赤字をしっかり減らす政策を打ち出しなさい」という意味合いだろう。20カ国もが参加している会議の声明に、日本が二度も登場したのは珍しいことだ。

そして課題

それは何を意味するかというと、今の安倍政権と黒田日銀が進める財政・金融政策には、世界各国の期待と評価がある一方で、懸念も強いということだろう。韓国や中国が円安の進行に懸念を持っていることは隠しようもない。しかし、韓国も中国も自国の為替レートの変動に関して国際的疑念がある中で、各国に日本非難を働きかけても「賛同は得られない」と判断したのだろう。その面では火種は消えていない。

米国はもともと、日本のデフレ脱却努力を支援する立場だ。日本経済が正常化し、その上で内需が増えて米国の対日輸出が増えれば、それは自国にもプラスになる。加えて、急速に台頭する中国との対峙という意味でも、日本経済の復活は米国にとってメリットになるという国際政治的な側面もあった。興味深いことにG20では緊縮策ばかりが前に出て景気の刺激につながる財政・金融政策をとっていない欧州、特にドイツへの批判が強かったといわれる。

しかし、日本が二度もG20声明に登場したことは、「世界中が日本を見ている、監視している」ということでもある。G20声明を全体として読めば、世界各国は日本に対して「内需を回復してデフレを脱却し、経済成長を実現して世界経済に貢献しないさい」と言っているわけだ。

つまり、今のアベノミクスとクロダ超緩和が本当に試されるのは、「日本の内需を伸ばせるかどうか」にあるといえる。それもなく円安だけが進めば、世界の日本を見る目は相当に厳しくなる、と見るのが正しい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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