1. 金融そもそも講座

第199回 ビットコインをどう考える
そもそも中央銀行はどう考えているのか

改めて強調しておくが今回の一連の記事は、筆者が仮想通貨の購入や取引を推奨するものではない。その点を理解した上で読んでいただきたい。

最近のビットコイン(仮想通貨の代表格としての)を取り巻く環境で一番大きな変化は、「値上がりに拍車がかかってきた」ことだ。その1つの要因は、シカゴ・マーカンタイル取引所を運営する米CMEグループやシカゴ・オプション取引所を運営するCBOEホールディングスが、「2017年中にはビットコインの先物を上場する計画」を発表したため。

日本でもそうだが、米国でも商品取引所は米商品先物取引委員会(CFTC)という大統領直轄の政府機関(商品先物取引委員会法に基づく)の監督下にある。もし先物上場の認可となれば、ビットコインは公的な存在に一歩近づくことになる。マーケットはそう考えた。もっともまだ正式認可は出ていない。そこで今回は「そもそも通貨全般の責任者である中央銀行は、ビットコインなど仮想通貨をどう考えているのか」をテーマにしたい。

電子マネーとビットコイン

日常生活での支払いを考えてみる。筆者の場合は支払いのほとんどはスマホや、アップルウオッチをかざすことで終了する。タクシー、地下鉄、主な薬局、スターバックス、そしてビックカメラなどなど。現金も多少持っているが、コインのおつりをもらうのが嫌なので、なるべく支払いはデジタルで行う。その場その場で、使う電子マネーやカードを使い分けるのだ。

ビットコインという新しい通貨での支払いがSuica(スイカ)やiDなどと違うのは、「バーコードを読み込む」(世界ではこの方式が広まっている)という作業があることで、その他はあまり変わらない。同じような手順、同じような所要時間だ。つまりスイカやEdy(エディ)といった電子マネーと、仮想通貨であるビットコインの使い勝手は支払い現場的にはあまり変わらない。

しかし同じような支払い手順でも、電子マネーとビットコインでは大きな違いがある。

それは、電子マネーとは紙幣や硬貨を使わないでその代わりに電子的に(データのやりとりで)決済を実現する手段にすぎない、ということだ。つまりそれは円の紙幣やコインをデジタル的に置き換えたものと考えられる。それらを管理しているのは発行企業だが、そのバックには中央銀行としての日本銀行が存在する。だから使っている最中にその価値が大きく変わるということはない。対外的に為替はいつも変動しているが、それは我々の使用の範囲では微々たるものだ。

しかし仮想通貨は違う。電子的なマネーの一種だが、仮想通貨にはそれを管理する「中央銀行」が存在しない。ここが重要だ。つい先日も中銀の関係者と会食をしていて、彼らが仮想通貨としてのビットコインについて一番懸念していたのは「自分たちを含めて誰も管理していない」という点だった。

「誰もビジブルな機関が管理していない」という点については以前から懸念の声が出ていて、「ビットコインなど仮想通貨については、いつかは中銀がその拡大を止める措置に出るだろう」(バーナンキ前FRB(米連邦準備理事会)議長)といった声もある。しかし今の全体的な中銀の姿勢は「様子見」ということだろう。そのメリット、デメリットを検討している様子だ。懸念を持ちながら。

それは希少だ

前回も指摘したように「ビットコインは詐欺だ」というJPモルガン・チェースのダイモン会長の発言もある。そこまで言わなくても、将来どうなるのかという疑念はまだまだ多いし、先の会食した中銀関係者もそうだった。そしてその疑念は実験的にビットコインを持っている筆者の中にも実はある。身の回りでビットコインを持っているのは、知っている限り筆者だけだ。だから皆が「どう?」と聞いてくる。そうしている間にビットコインは値上がりを続けるし、そこには機関投資家の動きも散見される。

疑念が残るのになぜ広がり、そして上がるのか。1つの原因は、その希少さにあると思っている。ドルにしろ円にしろ、リーマン・ショック以降の量的金融緩和+低金利政策で大量にばらまかれている。その一部が株式市場に回って、世界的な株高現象を生んでいる。こうした既存通貨の大量発行に対して、ビットコインについては発行総量が2140年までに2,100万 ビットコインと決められ、それ以降は新規に発行されることがないとされている。そもそも世の中にあまり出回っていない上に、発行総量には限度がある。「これは希少だ」と考える事が可能だ。

世の中で大量に供給されるものは安くなり、希少なものは高い。それが常識だとすると、そもそも大量発行の円やドルに対して、存在そのものが希少と思われるビットコインが値上がりするのは至極当然だと考える事もできる。

ではどういう形でビットコインの希少さは担保されているのか。一体誰がビットコインを管理しているのか。そもそもビットコインはコンピューターのネットワークを利用して管理するよう設計されている(ブロックチェーンという技術をベースにしている)。つまりビットコインにおける新しい通貨の発行や取引の詳細情報は、そのすべてがコンピューターネットワーク上に分散されて、保存される仕組みだ。ビットコインで行われたすべての取引記録を記載した1つの大きな取引台帳が存在するイメージだ。

この可視化された記録で偽造や二重払いなどを防止している。重要なのはこの大きな取引台帳を特定の組織(例えば中央銀行)の管理ではなく、分散されたコンピューターのネットワーク上に置くことで、中央管理を不要とする仕組みなのだ。

上に政策、下に対策

しかしそれは、従来の通貨が中銀の管理の元にあったときとは全く違う。そこから「反体制的、脱体制的な」臭いが付きまとう。どこの国も、企業も、ビットコインの発行・流通には関与していない。言ってみれば、「今までの金融の常識を超えた存在」だ。私のように勉強・研究のためにビットコインを取得する人間はいても、日本の金融機関で積極的に取り組んでいるところはこれまで少なかった。米国は最近では違ってきたが。

ビットコインなど仮想通貨に対して、国として拒否の姿勢を強めているのが中国だ。中国は共産党の一党独裁の国。全てのことを共産党が握っていないと気がすまない。中国の金融当局にとってはおそらく「すべてのマネーの動き(送金人、受取人)は追跡可能にしなければならない」ということなのだろう。それが不可能なビットコインについて最近「原則禁止」の姿勢を明確にした。3大取引所でのビットコイン取引禁止などを含めてだ。

それまで最大の需要地だった中国がビットコインの取引を原則禁止にした直後、世界のビットコイン相場は下げた。しかしその中国政府の強い姿勢をあざ笑うように「中国ではビットコインはダイ・ハード(なかなか死なない存在)になっている」と最近のウォール・ストリート・ジャーナルは報じている。「上に政策あり、下に対策あり」(中国では政府が何か政策を打ち出すと庶民はそれに対応策を講じるという意味から転じて、決定事項について人々が抜け道を考え出すという意味)ということで、中国人の数多くの投資家はビットコイン信仰を捨てていないようだ。

実は世界のいくつかの中央銀行は自国通貨の電子化を超えて、仮想通貨を自ら作り出す研究もしている。ビットコインがこれだけ急速に伸びるのにはそれなりの背景があると考えるのが自然だ。おそらく世界中の中央銀行が「通貨は自分達のコントロール下に中央集権的に存在すべきだ」と考えながらも、「(ビットコインのような)それ以外の存在をどう考えるか、自分たちの金融政策にとってどう不利、有利なのか。そのどの部分を今後取り入れるべきか」に関して真剣に悩んでいるはずだ。先のバーナンキ氏も、「ブロックチェーンの考え方には興味がある」と述べている。

金の桎梏(しっこく)からとっくに離れた現代の通貨は、人々がその価値を信じるという枠組みの中で存在している。その意味では、中央銀行が発行・管理する円、ドルのような法貨も、コンピューターのネットワークが管理しているビットコインのようは仮想通貨も、「信頼性あっての存在」という意味では同じだといえる。(続)

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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