金融そもそも講座

企業の中身をもっと見よう

第196回

前回の「第195回 マーケットと政治・軍事」が役立つかもしれないような日本の政治の激変が、我々の眼前で展開している。実に興味深い動きだ。それがマーケットにどのような影響を与えるのか?そのあたりについては、ぜひ前回を参考にしていただきたい。問題は「飛び交う中身のない言葉」ではなく「具体的に投資の流れや経済の形がどう変わるか」だ。今回はそれを深追いはしない。なぜなら情勢はたった数日で激変する可能性があるからだ。この文章を読者の方々が読む時に何が起きているかは、予測不能だ。

それよりも今回は、最近目にして驚いたニュースから。これからの企業を考える一つの視点になると思う。

ダイソンがEVを

皇居の周りを起点に赤坂見附、青山そして渋谷と、都心を西に走る幹線道路「国道246号線」(通称、青山通り)。表参道を過ぎてそろそろ青山学院大学が左手に見えてくる直前の道路右側に、一つのショールームがある。今や日本の家電マーケットでもメジャーになった、ダイソンのそれだ。

つい先日も通りかかった。同社のいろいろなタイプの掃除機、扇風機などが展示してある。通りかかるたびに展示が少しずつ変わっていて興味深いので、なるべく中に入るようにしている。細身の若い男女の店員(ほぼ黒一色で決めている)が相手をしてくれる。小ぶりだが、快適なショールームだ。

国内の家電大手が掃除機市場を独占していた時期に日本に入ってきた英国企業。どのくらいやれるのかと思っていたら、あっという間に日本市場でもメジャーになった。ダイソンのショールームから赤坂見附にやや戻る形で表参道まで足を運べば、アップルの大きなショールームがある。交差点からやや明治神宮、原宿駅寄りだ。アップル、ダイソン……ともにアングロサクソン系企業なので私はひそかに「アングロサクソン企業のショールームエリア」と呼んでいる。

最近何といっても驚いたのは、そのダイソンが「2020年までに独自開発でEV(電気自動車)市場に参入する」と公表したことだ。創業者のジェームズ・ダイソン氏が日本経済新聞などに明らかにしたもので、「主力のコードレス掃除機などで培った蓄電池やモーターの技術を生かし、すべて独自での開発をめざす」(2017年9月27日付 日本経済新聞夕刊)という。

この記事が出たのは、青山のダイソンのショールームで掃除機たちを改めて眺めた翌日だった。それだけに衝撃だったし、「ダイソン=掃除機の会社」というイメージをそろそろ変えないといけない、と思った。

低い参入ハードル

燃料噴射など複雑な機能を持つ内燃機関の車に比してEVの特徴は、部品が少なくて済むことだ。一般的にガソリン車(ディーゼル車もほぼ同じだが)の部品点数は全部で10万点ほど。このうちエンジン(内燃機関)を構成する部品は1万~3万点にも達する。

これに対しEVに搭載するモーターの部品点数は30~40点だ。インバーターの部品点数を加えてもわずか100点ほど。だからダイソン氏が「(コードレス掃除機などで培った)蓄電池やモーターの技術を生かし……」「すべて独自開発」と言うのにも、人気が出るかどうかのスタイルやブランドの問題は別にして、むちゃな事を言っているとは思えない。参入ハードルは予想以上に低いのだ。むしろその2つだけで、ダイソンはEV作りに最低限必要な技術を持っていると理解できる。

「EV参入に向け、バッテリーと車体の設計・開発にそれぞれ10億ポンド(約1500億円)を投じる。これまでに400人余りのエンジニアが極秘に開発に携わってきた」(同、日経新聞)とダイソン氏は明かしている。つまりもう既に十分用意したので、事実を公表したという経緯だろう。

そのエンジニアのかなりの部分は自動車メーカーからの転職組だという。ダイソン氏は「現時点ではさらなる情報の共有・公開を行う予定はない。自動車業界における新しい技術開発の競争は熾烈(しれつ)であり、ダイソンが取り組む電気自動車に関わる秘密保持は鉄壁である必要がある」とも述べている。

まさか「掃除しながら走る車」ではないだろう。しかし新しい発想のEVができてくるのではないか。楽しみだ。

246号線=最新技術の展示街道

ダイソンのショールームの近くにアップルの表参道店があるとわざわざ書いたのは、両社がアングロサクソン系の企業という点以外に、もう一つ共通点があるからだ。それはアップルもまた将来は自動車市場、もっと具体的にはEV市場に参入する意図を隠していないためだ。同社は特に自動運転車の技術に磨きをかけているといわれる。

むろん「2020年には」といった具体的な時期は示していない。しかし筆者はずっと「ジョブズが敷いた路線の延長線上を走ってきたアップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)が、同社としての全くの新機軸を打ち出すとしたら、それは自社製完全自動運転車だ」と思っている。もしかしたら今回のiPhone8、iPhoneXの発表に使われた新装の大ホール「Steve Jobs Theater」で、2~3年後にその発表会があるかもしれない。多分アップルはグーグルなどと違って、電気自動運転車のソフト面だけではなくハードも作り込んでくる。今は工場を持たないファブレスだが、その時どうするのか。

実は246号線沿いには、伊藤忠商事の反対側にテスラのショールームもある。アップルと同じくこれも米国企業だ。そのテスラは既に活発にEVの各種新車を発表している。筆者は新型車が出るたびにこのショールームに出かけて試乗している。直近で乗ったのはSUVだ。「モデル3」はこれから。

「2030年から40年にかけて英国やフランス、それに恐らく中国などが化石燃料を使った新車の販売を禁止した後、世界の自動車業界はどうなるのか」といつも考える。多分様相は激変する。部品の数は減り、新規参入のハードルが低いのは先に見た通りだ。例えばバッテリーで知られたジーエス・ユアサ コーポレーションが自ら車を作っていてもおかしくない。

246号線沿いには英米系企業ばかりでなく、ホンダの本社(青山一丁目)があるし、トヨタ(レクサス)のショールームもある。イタリア車のショールームも多い。業界の境目は溶解しつつあり、競争は厳しい。それを246号線はうかがわせてくれる。マーケットを別の視点から見るためにも、産業構造の変化を確認する上でも、読者の方々には一度赤坂見附から渋谷までの「246」をゆっくり歩いてみることを提案したい。

きっと発見があり、経済や投資に関するアイデアも浮かぶかもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。