1. 金融そもそも講座

第195回 マーケットと政治・軍事

2017年9月中旬時点で、世界の株価はニューヨークを中心に再び高値を追い始めた。米ダウ工業株30種平均は2万2000ドルを大きく上回ってきているが、8月の中旬から約1カ月間は主に政治的要因もあって市場は反落・調整場面となっていた。つまり、(米国を中心とした)低金利化下でのそこそこの経済拡大(ゴルディロックス=適温)の持続にもかかわらず、政治が気になって上値を追えない事態が続いた。

そこで今回は、マーケットと政治や軍事との関係を取り上げる。北朝鮮情勢の悪化がなぜ円高要因になるのか不思議に思っている方も多いだろう。その辺を「そもそも」的に取り上げてみたい。

北のトランプ遊び

政治要因とは、具体的には北朝鮮情勢と米トランプ大統領の政治手法に関する不安である。その両方への不安は依然残っている。無くなっていない。新たな北朝鮮制裁に関する国連安保理決議に対して北朝鮮は強く反発し、「(それを主導した米国に)最大の苦痛を与える」と恫喝(どうかつ)している。韓国からの報道によれば、北朝鮮はいつでもミサイルを撃ち、そして新たな核実験を行う準備を整えているようだ。

一方トランプ政治に対する不安は今でも根強い。特に与党である共和党指導部との関係がこじれて、ライアン下院議長やマコーネル上院院内総務など党指導者とトランプ大統領との関係は最悪と言われている。それ故に、メキシコ国境の壁建設などのインフラ投資、減税、オバマケアの代替など市場が期待した主要政策がちっとも前進しない。

最近ではあまりにも共和党との関係が悪いので、トランプ大統領は特定の問題、例えば政府債務上限の引き上げや、そもそもその上限を撤廃する問題に関して、野党である民主党と手を組み始めている。異常事態だ。米国の政界には財政規律を巡る根深い意見相違があり、それが共和党内の意見統一の難しさにつながっている。対ロ、対中など外交問題も山積だ。

つまり政治的懸念は残っている。にもかかわらず世界の株価は今年8月半ばまでの上げ歩調を取り戻し、一時は107円台に行っていたドル・円相場の円高傾向も最近は収まっている。なぜか。

短期的インパクト

端的に言うと、政治や軍事に関する動き・ニュースがマーケットに影響を与えるのは短期間であり、それが驚きや恐怖であって、かつ「今後どう展開するのか読めない」と投資家が強い不安に駆られる間だけだ。その短い期間では投資家は警戒的に動く。具体的には大きくなったポジションを軽くし、また新規投資を様子見にする。だから政治・軍事がニュースになってそれが相場に響いたときには、相場は下がる。しかし比較的それはすぐに沈静化する。相場に参入するチャンスであることも多い。

ではなぜそれが長い期間続かないのか。緊張状態は続いているのに。具体的に言えば、北朝鮮はいつ何時何をするか分からない。トランプ政権の行方も周辺から人が去って寂しくなり、政治任用の高官人事もちっとも進んでいない。「政権の体をなしていない」と言う人もいる。彼の政府は不安定なままだ。相変わらず米東部時間の早朝に閣僚や高官とすり合わせをしてないのではないかと思われるツイートを、ほぼ毎日繰り返し出している。

それでも株価は再び上げ始めた。それはマーケットが容易に「織り込み」をするからだ。新しい動きもすぐに「新たな常態」と見られるのが、今という時代だ。情報が大河のように流れ、そして人々はすぐにそれに慣れる。それで材料としては織り込みだ。

常態となった段階で、人々の投資に対するスタンスや消費者の消費に対するスタンスはほぼ元に戻るし、企業の売り上げが影響を受け続けることはない。そもそも人間は、自分にとって必要だから買い物をし(消費)、それが楽しいからお金を払って様々な活動をしている。外界の出来事がそれを大きく差配し続けるケースは少ないし、企業も一日としてその活動を止めることはない。だとしたら株価が政治・軍事に長く支配されるということはない。

あるとしたら、税制や法制度が変わって資金の流れ、投資の流れ、そして人々の消費・投資に関する行動パターンが大きく変わることだ。しかし今の民主政治では、それらがあまり経済を阻害しないように運営される。なぜなら経済を阻害するような制度、法律は有権者でもある消費者(国民)が反対するからだ。政治家は国民の支持(票)がすべてだ。

マーケットの慣性

もう一つ覚えておいてほしいことがある。それは「マーケットの慣性」だ。「危機のベルが鳴ると、人々は金(ゴールド)に殺到する」と筆者がマーケットに参入した頃にはいわれたものだ。実際には金塊など持っては歩けない。とっても重いからだ。しかしベトナム戦争の最終局面でサイゴンが陥落する時には、南ベトナム系の資産家は家から持てるだけの金を持ち出した、といわれる。「金の重みでボートが沈んだ」とも揶揄(やゆ)されたほどだ。それが実際にどのくらい真実かは不明だが、今でも人々の知恵として残っている。

そして最近では、外国為替市場で「危機の時にはスイスフランと日本円を買え」という新たな「慣性的志向・思考」が維持されている。その論理は「米国は世界の大国だ → なので世界の紛争には米国が出馬する → そうなれば米財政赤字は悪化し → ドルを売らねばならないような事態になる」という過去の発想の継続だ。マーケットに染み付いたその思考故に、その種の事件が発生すると反射的な行動(英語ではknee-jerk reactionという)ともいえる動きの中で、スイスフラン高、円高が起きる。

しかし北朝鮮情勢の悪化がなぜ円高を呼ぶのかは、考えてみれば不思議だ。騒いでいるだけならまだしも、実際にミサイルが核弾頭を搭載して日本のどこかに落ちたら、日本経済にとって大打撃になる。だから大幅な円安になってもおかしくない。しかしそれでも北朝鮮を巡る危機はしばしば「円高要因」と理解される。なぜか。投資家は実際にそんな事態(日本にミサイルが落ちる)が起きるとは考えていない、と見るのが妥当だ。それはまだ「米国の危機」として映っている。実際に北朝鮮が主に脅しているのは米国だ。

マーケットは時に政治、軍事に大きく反応する。しかしそれが長く続くことはほとんどない。短時間での常態化ですぐに織り込まれるからだ。重要な視点は「実際に企業の活動、投資の流れがどう変わるのか」だ。それが少なければ、いかに恐怖に満ちたシナリオ(我々が受ける印象として)でも、すぐに材料として忘れられる。それが存在し続けても。

危機の時ほどマーケットを冷静に見よう。誰がどう動くかを。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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