1. 金融そもそも講座

第194回 局面転換期の中銀政策
金利上昇に備える時 2

実際にFRB(米連邦準備理事会)が世界の中央銀行に先駆けて「資産縮小」に踏み出したとき、金融市場(マーケット)にどんなインパクトがあるだろうか。今回はこの問題を取り上げる。当の米国の長期金利(指標10年債の利回り)の動きを見ている限り、資産縮小局面が接近しているにもかかわらずいまだ波乱の兆しは見せていない。むしろ長期金利は弱くなっている印象がする。資産縮小では通常は中銀が債券などの「売り操作」をするわけだから金利は上昇圧力を受けると思うが、その兆しはない。では「無風」で始まり、マーケットが関心を払う必要がない中で4.5兆ドルの資産のかなりの部分が市場に売り戻されていくのか。筆者は必ずしも「影響は何もない」とはいかないのではないか、と思っている。

2度目のトライ

実は資産縮小に取り組むとのFRBの表明は、リーマン・ショック以来の過去10年の圧倒的な緩和期において、今回が2度目である。前回は2013年。FRB議長はイエレン氏の前任であるバーナンキ氏の頃だ。それは「バーナンキ・ショック」として、我々市場関係者の間でかなり強烈な印象として記憶に残っている。

発生したのは2013年春だった。バーナンキ議長は同年の5月に「今後幾度かの会合を経て債券の購入ペースを徐々に減速することで量的緩和を縮小する」と資産買い入れペースの減速を示唆し、さらに同年6月19日には、「FRBが今年中に債券の購入金額を減額し、2014年半ばに完全に終了する可能性がある」と発言した。だからこれは資産縮小というよりその前の段階の「打ち止め宣言」だった。

しかしそれを市場は「時期尚早」と受け取り、米国の金融緩和に依存した経済運営をしていた新興国市場への影響が大きいと判断した。当時新興国は米国が大量に市場に供給している流動性でやっと回っている段階だったからだ。バーナンキ議長は「アメリカのために最善の選択」として最終的な資産買い入れの打ち止めを示唆したのだが、マーケットの反応は激しかった。

特に新興国の中でも、当時外国資金の必要度(依存度)が高い国である5カ国(ブラジル、インド、インドネシア、トルコ、南アフリカ)の通貨が急落した。それをモルガン・スタンレーは「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5カ国)」と名付けた。財政赤字や経常赤字を抱え、GDP比で対外債務が比較的大きい国々だった。それらの国の通貨がマーケットで狙い撃ちされ、世界経済の不安が一気に高まった。これを見たバーナンキ議長は発言に慎重を期すようになり、市場との対話をより重視したことで市場の混乱は収まった。そして2014年10月のFOMC(米連邦公開市場委員会)での「QE3(量的緩和第3弾)」の終了が決定された際には、大きな混乱は生じなかった。残った教訓は「中央銀行が行動するときは、マーケットとの対話が必要だ」ということだ。

対話重視のイエレン路線

このバーナンキ・ショックを副議長として見ていたのが、今のイエレン議長だ。だから、同議長は打ち止めから一歩進んだ「縮小宣言」に関しては実に周到にマーケットへの情報提供、サウンディング、そして対話を行ってきた。その成果が今年の秋から来年にかけて試されるというわけだ。今言えるのは「マーケットとの対話はこれまでのところうまく行っている」ということだ。

では今回の資産縮小でポイントとなるのは何か。3つある。「インフレ期待」「財政政策」「資金需要」。“そもそも”的にまずこの中で真っ先に押さえておきたいのは最初のインフレ期待だ。それが高い時に資産縮小を言い出したら長期金利は急騰してしまう。インフレ期待を客観的な数字で見る指標には「ブレーク・イーブン・インフレ率」が用いられる。「BEI率(BEI)」と表記されるが、それは「普通国債(利付国債)と物価連動国債(物価に連動して元本が増減する国債)の流通利回りの差」だ。つまり「利付国債の利回り-物価連動国債の利回り」。

これは物価が将来どれくらい変動するとマーケットが見ているかを示すもの。将来の予想物価上昇率と言える。この値がプラスなら「インフレ」、マイナスなら「デフレ」をマーケットは予想(推測)。各国の中央銀行は、BEIの動向を調査・把握し、予想インフレ率の目標値を定め、その目標値に収まるような金融政策を行うことが多い。

議長交代の有無に注意

今それがどうなっているかというと、非常に安定している。昨年秋にトランプ次期大統領を選出したときには、その経済政策の売り物が1兆ドルの財政刺激策や規制緩和、税制改革だった。そのため、政策発動への期待が高まってインフレ連動国債利回りも、BEIも上昇した。

しかしその後の動きを見ると、トランプ政権はホワイトハウスの陣容を大幅に入れ替えたり、議会与党の共和党幹部との不仲・対立が先鋭化した。またあまりにも選挙公約にこだわる姿が国民の不評を買うなどして、「政策遂行への期待」は著しく低下している。よってこの3条件のうちインフレ期待と財政政策を今は忘れてもいい状態だ。

最後は民間の資金需要だ。それが大きいところにFRBが資産縮小をやれば、大きな金利上昇圧力になる。しかしそもそも民間資金需要も財政赤字圧力も小さいときには、「十分乗り切れる、金利への影響は少ない」との見方をすることが可能だ。今のマーケットの見方は後者だし、筆者も「イエレン議長は慎重を期しているし、そうなる可能性が高い」と見る。

今の米国の長期金利は低い。これが何を意味するかというと、今の米経済にはインフレ圧力も資金の取り合い(公共や民間の間での)も起きていない、ということだ。では起きる可能性はあるか。多分少ない。インフレ圧力が強まらない原因に関してはこれまでの回で指摘してきたが、「世界的な生産能力の増加、モノの生産力の向上と合理化」「AIやIoTなどの技術の進展と、リーマン・ショック後遺症(賃金抑制)」「アマゾン効果による小売業界への圧力と物価上昇の抑制効果」などいくつかを指摘できる。

それでも不安要因は2つある。1つは、改めて米国依存の新興国経済。バーナンキ氏の時もそうだった。次に来年の2月3日にイエレン議長の現行任期が切れることだ。トランプ政権内では「自らの議長を選ぶべき」との意見が強いともいわれる。その場合には今までのイエレン議長の「マーケットとの対話重視」の路線が微妙に変わる可能性があるし、マーケットとの意思疎通で齟齬(そご)が生ずる可能性もある。特にマーケットは、「市場をよく知るわけではない新議長」が指名されれば「先行き不安」を強めるだろう。

イエレン議長続投なら順調に始まり、その後もマーケットから落ち着いて受け止められるだろうFRBの資産縮小も、新議長の誕生で図式が大きく変わる可能性がある、と筆者は見ている。その場合には米国の金利の大幅上昇(一時的にも)に気を付けないといけない。それは当然日本にも波及してくる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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