1. 金融そもそも講座

第183回 マーケットに見えるグレートローテーション(大転換)のきざし
世界的現象になる可能性

米国が利上げを加速し始めた。政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利を、前回から3カ月という短いインターバルで上げたのだ。過去2年(2015~16)の利上げは年間各1回(ともに12月)にとどめていたので、加速といえよう。新しい誘導目標は0.75%~1.0%。FOMC(米連邦公開市場委員会)は今後の利上げペースについても重要な“示唆”を与え、そしてその示唆が、利上げそのものよりもマーケットを大きく動かした。FOMCが出した声明と関連する予測資料は、今後の米国経済と金融政策を考える上で極めて重要だ。今回は日本のマーケットの行方をも左右する、米金融政策の今後とその背景にある考え方を取り上げたい。

目立つ楽観論

FOMC声明で何よりも目立つのは、米国経済の先行きに対する楽観論だ。政治混迷の中での、米国経済の安定を誇示したように見える。常に声明の第一パラグラフに置かれる「米国経済の現状判断」の部分を見ると、良好を示す単語が並ぶ。「労働市場は引き続き強くなっている、経済活動は引き続きまずまずのペースで拡大している、家計支出も引き続き拡大している、産業界の固定投資も若干の増加の兆し、インフレ率は一部で加速し長期目標の2%に接近した……」など。

前回(1月)までの声明の第一パラグラフには、強弱入り交じった表現が入るのが常だった。例えば、産業界の固定投資に関して前回までは、ずっと「business fixed investment has remained soft」などと「soft=軟弱」との単語が使われていた。今回それは「business fixed investment appears to have firmed somewhat」と、「firm=堅調」になった。読み手が、そうかそこが弱いんだなと理解する部分が、今回はない。声明発表後の記者会見でもFRB(米連邦準備理事会)のイエレン議長は、「今の米国経済は良い形をしている」と繰り返し述べている。なので3カ月の短いインターバルでの利上げ実施をしたというわけだ。

しかし重要なのは、だからといってFRBは今後の米国経済の成長率見通しを引き上げなかったし、昨年12月のFOMC時点で示した今年の利上げ回数予想も3回から引き上げなかった、という点だ。既に1回利上げしたので、今年は残る9カ月の間に2回の利上げということになる。実はネットで簡単にFOMC関係者がそれぞれ「自らの予測」としている図表やチャートを見ることができる。「Projection materials」(予測資料)とよばれるもので、FRBのサイトのここ にある。

これを前回(12月)の予測資料と比べると、GDP、失業率、インフレなどの重要な将来見通しをほとんど変えていないのが分かる。FRBのサイトには過去資料もあるので、見比べてみてほしい。FOMCメンバーの「FF金利展望予想」(FOMC participants' assessments of appropriate monetary policy: Midpoint of target range or target level for the federal funds rate = 通称ドット・チャート)は、昨年12月時点と中心や上下幅などほぼ同じだ。つまり今年も来年もFF金利引き上げは年3回という見通しだ。

慎重姿勢を崩さず

今回のFOMCに当たっては、米国経済の好調や、インフレ・失業の二つの指標が目標値に接近していることもあり、利上げペースを年4回に引き上げるのではないかとの見方がマーケットにはあった。なので、FOMCは実際には利上げしたのに今後の利上げには慎重、との見方のほうがマーケットで材料視された。なぜかが問題だ。「これが今の米国経済の弱点」という部分を第一パラグラフからほぼ一掃したのに、GDP見通しやFF金利の展望を変えなかったのはなぜか。

それを説明したのは、声明発表後の記者会見でのイエレン議長だ。記者の質問に答えて、人口の高齢化、消費者の節約志向、生産性の伸び鈍化などを挙げた。このうち人口の高齢化に関して、会見中に2~3回触れていた。GDPとは「人口の伸び・生産性・投下資本の関数」だから、そのうち2つが今の米国では弱いとFRBの議長が認めたことになる。だとすると、今の米国経済は好調だが従来のような急成長は無理、との考え方は理解できる。我々は過去の残像をひきずって「若い国である米国の成長率は常に高い」と考えがちだが、実際には様々な面で(過去のイメージよりは)成長率の低い国になりつつあるということだ。それが今回FOMCが公表した予測資料には織り込まれている。

今回の声明には、過去に使われなかった興味深い単語が入っている。それは「symmetric」で、使われているのは「The Committee will carefully monitor actual and expected inflation developments relative to its symmetric inflation goal.」という箇所。この単語は我々も「シンメトリック」と使うことがあるが、金融政策的に何を指すかというと中央銀行のインフレ目標値との関係で「上下対称に幅を持たせること」をいう。

英語では「a requirement placed on a central bank to respond when inflation is too low as well as when inflation is too high.」と説明されている。つまり、目標値に対してあまりにもインフレ率が低いとき、あまりにも高い時に対称的に両方で中銀が政策を動かす義務がある、ということだ。この方式を採る中銀は、英イングランド銀行とかカナダ銀行。つまりアングロサクソン系。米国もこれに加わった形だ。対してECB(欧州中銀)は「non-symmetric inflation target」を持つ。これはインフレ率が高すぎるときだけ行動する義務を負う。

今回「symmetric inflation goal」をFOMC声明に入れたことは、これまでのイエレン議長の発言などを参考にすると、インフレ率が目標の2%に達したら直ぐに引き締めに出るというよりは、「それはtoo highではないので、依然として様子を見る可能性がある」ということだろう。かつ声明で使われたのは、彼女だけの意見でなくFOMCとして方針を決めたということ。この辺にもFOMCがFF金利の先行き見通し不変の背景がありそうだ。つまり、目標との間に余裕を持たせた。

トランプ・ファクター

マーケットは大きく動いた。今後の利上げペースは思ったより遅いとの観測から、長期金利(10年債)は0.1%も下がって2.5%を切った。日中は2.6%あったから、大きな反落だ。つまり債券は買われた。実はそれ以前は、長期金利はしばらくの間2.5%を上回って推移していた。利上げペース加速の観測もあったからだ。しかしFOMC当日の引けは2.494%。原油価格が弱含み(シェールオイルの生産増加などが要因)の展開の中で、米長期金利はしばらく2.5%前後を行ったり来たり、かもしれない。金利が予想ほど上がらなかったので、ドルは下がった。

改めて「こんにちは」となったのが、株価だ。ダウなど代表的3指数はすべて大幅に上げた。債券が買われる中での株価の急上昇。FOMC前2週間ほど気迷いだった株式市場は、再び勢いづいたように見える。この状態でトランプ政権の規制緩和、インフラ投資などが材料として出てくれば、再びグレートローテーションは勢いづく可能性がある。FOMCに先立つ気迷い期間でも、米国の株価が大きく下がることはなかった。なのでNASDAQはFOMCの利上げ発表後に新高値を付けた。

ただし予想は予想だ。本当に今年の利上げが3回になるのかは、まだ分からない。一つはトランプ政権の財政政策面の景気刺激策がどうなるのか。イエレン議長は「まだ実現していないので、今回の政策決定の前提条件とはしなかった」と述べた。つまりトランプ政権の政策が現実になる中では、金融政策を変更せざるを得ない事態を覚悟しているともいえる。

これに加えて移民政策の行方も不透明だ。米国経済は、積極的に移民を受け入れてきたが故に、若さを保ってきたともいえる。特にIT産業がそうだ。しかし政権は様々な形で移民制限に踏み込もうとしている。それに抵抗しているのが司法で、3月中旬の段階ではハワイ州の連邦地裁がまたまた「中東・アフリカ6カ国の国民の入国を一時禁止する新たな大統領令」について、全米で執行を一時的に差し止める決定を下した。

しかし政権がこれに折れるとは思えず、様々な手を繰り出してくるだろう。米国経済の活力源であるIT業界が気にしているのは、高度な専門技能を持つ外国人向けの査証(ビザ)「H1B」の申請手続きを優先的に処理する「特急審査」制度の廃止だ。国土安全保障省移民局は3月中旬、この特急審査を4月から最大6カ月間停止すると発表した。同制度は主要企業の大半が利用しており、人材採用の停滞などへの懸念が広がっている。それだけでなく移民の流入の大幅減少は、米国の長期的な成長余力を下げる。

いずれにせよ、米国の慎重な利上げ加速は始まった。欧州でも「一段の緩和は必要ない」(ドラギECB総裁)との発言が出ており、世界は過去に比べれば非常にゆっくりだが、脱緩和に動いているように見える。グレートローテーションは世界的現象になる可能性がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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