金融そもそも講座

苦闘続く日米欧の中銀

第171回

さて今回からしばらくの間、日々のマーケットの動きを追いながら「そもそも講座」的にその時その時のトピックスを取り上げていきたいと思う。今回は、過去にあまり例がない9月20、21日という同期間に金融政策決定会合を行った、日本と米国の中央銀行の金融政策について。過去にあまり例がないというのは、この二つの中銀の決定会合は、通常一日くらい開催日がずれる。大体米国のFOMC(連邦公開市場委員会)が早く、それに一日遅れで日銀の政策決定会合が開かれるのだが、今回は日程が全く同じだった。多分日本の休日の関係だが、政策発表が時差もあって米国の方が後になるという珍しいケースだった。

高まる中銀政策への関心

発表は共に非常に注目されたものだった。各国の経済運営においては累積する財政赤字との関係もあって、財政政策の自由度が失われる中で、(金融政策を担う)中銀がどう動くかにいつも以上の関心が集まったからだ。しかし会議後の株式相場や為替相場の動きを見ても、どちらも相場の今後の方向性を決定づけるほどのものではなかったといえる。

それは何よりも世界的なデフレ環境持続の中で、金融政策もまた自由度を失いつつあることを示したし、当然の帰結として出てきた判断・措置は、相場に対しては劇的にインパクトを持つものではなかった。確かに考え方の変化は顕著であったが、市場関係者も曖昧さを残したまま反応せざるを得なかったように思う。

特に日銀が「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するため、上記二つ(量的・質的金融緩和およびマイナス金利付き量的・質的金融緩和)の政策枠組みを強化する形」で打ち出した長短金利操作付き量的・質的金融緩和は、その文字数の多さ・長さからも想像できるが、にわかには理解できるものではなかった。

実は日銀の同措置発表の時(9月21日)、筆者はちょうど名古屋でセミナーの講師をしていた。午後1時から2時半までという90分間のセミナーで、日銀が新政策を発表する時間帯に当たっていた。筆者はセミナーや講演はスマホをオンラインにしていつも行う。情報が常にフレッシュだし、画像と音声が出るので面白い。他の方があまりやらないので「珍しかった」と言われることも多い。

その時は、前回も触れたキューバ訪問の直後だったので、彼の地で撮影した写真や動画を使いながら講演をしていたが、日銀の発表が速報でスマホの画面に出はじめた。キューバの話がちょうど一段落したこともあって、日銀の発表を実況中継的に「この発表はこうですよ、こういう意味ですよ」などと解説を始めた。日銀HPのほやほやの発表文を見せながら、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和って長ったらしい名前ですね。誰も覚えませんよ。あ、中味は二つで、イールドカーブ・コントロールとオーバーシュート型コミットメントですか。これもややこしいですね」とか言いながら。この展開の仕方は実は講演中に思い付いたもので、金融政策発表の実況中継のようで面白かった。政策に関しては正直なところ、これは実際にできるのだろうかという心配・疑問が先に立った。

疑問の残る具体的措置

何に関して疑問を持ったかというと、まずイールドカーブ・コントロールでは、長期金利を飴のように造作するなんてできるのかであり、その旨をセミナーに来ている人々にもぶつけた。会場も静まりかえって、皆が疑問符という状態。というのも日銀のこれまでの基本的考え方は、短期金利のコントロールはできる、しかし長期金利のコントロールは難しいというものだ。筆者には、イールドカーブの各段階の金利水準をコントロールし、長期金利を含めてイールドカーブ全体をコントロールするという考え方は新鮮ではあるが、日銀にとっては非常に大きな挑戦だろうと思った。

イールドカーブ・コントロールと書くのは簡単だ。しかし実際にやろうとするとマーケットに対応している担当者は、どこかに是正すべき大きな金利の歪みは出ないかといったように非常な神経を使うし、もし大きな波(売りや買いの)が市場に押し寄せたときに日銀はコントロールを失うのではないかと考えられるからだ。

オーバーシュート型コミットメントというのも、「フォワード・ルッキングな期待形成を強めるため」(日銀の発表文)という強い意図は分かるが、この言葉は具体的に家計や企業のマインドをどのくらい変えるのかと考えると、その分かりにくさ故にやはり疑問が浮かんでくる。

日銀の発表文は、「物価安定の目標の実現とは、物価上昇率が景気の変動などをならしてみて平均的に2%となることを意味する。現在の実績および予想の物価上昇率が2%よりも低いことを考えれば、物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を継続すると約束することで、物価安定の目標の実現に対する人々の信認を高めることが適当であると判断した」と述べている。要するに、今までの2年間で実現という目標を撤回して、ある意味無制限にインフレ期待値を高める努力をするというものだ。しかし2年間やってできなかったことを、例えば5年、10年あればできると言ってしまうのは乱暴な気がした。

日銀が新政策を発表した21日の日本のマーケットは株高、円安だった。その意味では効果があった。筆者が講演を終えた午後2時半の段階より株はもっと上げてこの日は終った。翌日の日本は休日。しかしその間に海外市場で円相場はまた100円すれすれまで円高になった。23日の日本市場では株は反落。日銀は粘り強く新政策の真価をマーケットに示していくほかない。

金融政策も限界?

日本時間では22日の早朝に出たFOMCの「据え置き」結果は、日銀の政策に比べれば単純だし、今後の展望をしやすいものだった。ほぼ大方の予想通りの結果だったが、それを受け取ったマーケットは当初は上げその後は下落と、日本の市場と同じように、消化しがたいという本音が知れるものだった。

FOMCの判断は「まだ雇用情勢に一段と改善の余地があるし、インフレ率もまだ2%の目標に達していない」(イエレン議長)ことで、「今回の短期金利(FF金利)の誘導目標引き上げはなし。ただし短期金利の誘導目標を引き上げてもおかしくない状況は強まっている(the case for an increase in the federal funds rate has strengthened)」と述べ、近い将来の利上げ実施を強くにじませた。

ただし、この待ちの決定に対する反対者は「3」だった。これは異常に多い数字だ。FOMCの決定に関しては議長の方針が多数の委員に理解されて、最近は多くの場合ゼロだったし、過去を見ても通常は1、多いケースで2だ。反対3の今回は、それだけFOMC委員の意見が割れていることを示した。ということは米国の利上げは近いと読めた。マーケットの反応が複雑だった。当初は利上げは先送りされたという部分が好感された。しかし当然ながらそれは株式相場の水準を一段と押し上げる積極的な材料ではない。結局週末までには高値から反落する形でニューヨークの株は当該週を終えている。

日米の金融政策発表には、それぞれのドラマがありストーリーがあって、マーケットを見ている我々には興味深い。本講座の読者にとっても、今後のマーケットを予測する上でも、日米中銀の出方は見ておきたい。筆者には全体的に一つの印象が拭えない。それは財政政策のみで経済を動かすことができなくなったのと同様に、金融政策単独での政策運営も厳しくなったというものだ。

そしてそれは世界の多くの中銀にいえる。黒田総裁も記者会見でその点をにじませた。最近のG7やG20声明が強調するように、望ましい成長率を確保するには「政策の総動員」が必要なのだ。問題はそれをどうやって調整・整理し、実効あるものにするかだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。