金融そもそも講座

各国経済の強さと弱さ PART31(中国編)中国とどう付き合うべきか

第160回

今回は中国経済が今後どのような展開をたどるかを予測してみたい。中国経済が問題を抱えていることは確かで、これまでも取り上げてきた。しかし中国は13億の消費者・生産者を抱える巨大な国であり、日本を含めて世界各国との関与は深まっている。G7サミットが開かれても、経済問題の討議をするなら、中国というもう一人の主役が不在という印象を拭えない。世界経済における中国の存在感は今後も高まるだろう。

13億の民の一人当たり所得は 依然1万ドルに届かず、先進国の数分の一。これは今後も増加すると予想され、GDPベースで見ても中国の世界経済に対する影響力は増す。日本にいる我々としても中国が好き嫌いに関わらず、この点は大前提と認識する必要がある。

出てきた落ち着き

まず景気の先行きを示すといわれる株価だが、上海総合指数にはかなりの落ち着きが見られる。同指数が高値を付けたのは2015年の6月中旬。5200ポイントに接近したが、その後、二回大きく下げている。昨年末には戻り歩調になったものの、今年に入って再び下げ、安値を付けたのは1月の末。もう少しで2600を割るところまで下げた。つまり高値から半値になったということだ。

しかしその後は徐々に戻して、この原稿を書いている時点では3000の大台に乗っている。つまり中国国内の株価は中国経済、企業業績の最悪期は脱したと示していることになる。

株式市場の静かな強気を裏打ちする数字も出始めている。中国は何といっても輸出で稼いで経済を発展させてきた国だが、4月中旬に発表された今年3月の中国の貿易統計は久しぶりに明るさを感じるものだった。それまで数カ月にわたって輸出入とも前年同月をかなり大きく下回る状態が続いていたのが、3月はドル建て輸出が11.5%も増加したのだ。この中国の貿易統計は上海市場ばかりでなく、世界中で株価を押し上げる要因となった。規模の大きさ故に、マーケットは中国の統計に対する注目度を上げている。

中国の輸出は2月が同25.4%の減少だったのに比べれば、大きな改善だ。人民元建ての輸出は3月に18.7%も増加。同月のドル建て輸入は依然として13.8%の減少だが、輸出の増加が続けば中国の場合、輸入も増えることが予想される。また3月の中国の政府製造業PMI指数は50.2と、昨年7月以降初めて50の分岐点を上回った。50は景気の拡大と縮小の分岐点である。株価と同様に中国経済を取り巻く環境にも落ち着きの兆しが見える。

あれだけ不安定に見え、世界のマーケットを震撼(しんかん)させた中国経済と株式市場がなぜ落ち着きを取り戻したのか。三つの理由が指摘できる。

  • 1.政策金利や準備率の相次ぐ引き下げによる緩和効果が出てきている
  • 2.人民元の安定化に成功し、中国を巡る資本の移動が緩やかになってきている
  • 3.賃上げの抑制効果などもあり、中国製造業に対する過度な悲観論が和らいだ

など。

消費の増加が柱に

中国の成長のコアにも、ゆっくりだが入れ替わりの兆しが見える。まだ兆しの段階だが、生産と投資一辺倒で成長を遂げてきた中国としては前進といえるもので、それは消費の増加だ。中国経済において消費はこれまでどちらかといえば脇役だった。世界の先進国を見ると米国ではGDPの7割、日本は6割。他の先進国もその近辺に消費のシェア(対GDP比)があるが、これまでの中国のそれは4割にすぎなかった。つまりGDPに占める割合で中国は消費のシェアが著しく小さい国だった。

しかし労働賃金の上昇の中で、都市居住者を中心に豊かな層が増え、強い消費性向を持ち始めている。日本でも世界でも話題になる爆買いもその一つの兆候。むろん日本での爆買いには、中国製品より日本製品の方が安心・安全という側面がある。しかし重要なのは、今の中国国民には先進国の消費者があまり持たなくなった強い消費意欲があるし、 それを満たすお金も用意できるということだ。

中国の経済発展の中心は依然として生産・投資で、そこが重い。しかし消費も重要な要素として登場しつつあるし、それは中国政府の敷いた方針にも沿っている。日本などの先進国に比べて、中国の消費者はまだ買いそろえたいものが多いようだ。

最近のニュースで興味深かったのは中国政府が「トイレ革命」の大号令を掛けたというもの。日本の温水洗浄便座を熱心に買う中国消費者の行動と一致する。中国を少し旅すれば「先進国の家庭にあって中国にないもの」をまだ幾つも挙げることができる。そういう意味では中国経済に占める消費の割合は今後も高まると予想される。

世界第2位の経済大国

もっとも中国経済に兆しとして出ている落ち着きは、長くは続かない可能性もある。理由は以下の3つ。

  • 1.石炭業界でのゾンビ企業削減やリストラで手間取るなど、中国政府が推し進める構造改革が順調にいっていない
  • 2.産業の高度化なども、模倣の部分(例えばスマホ)では急速に力を付けているが、肝心の世界的なヒット商品の開発には成功していない(=ブランドが育たない)
  • 3.前回も取り上げたが、賃金の上昇に若干のストップをかける必要があり、現在の状態で消費の伸びが続く可能性は小さい

などだ。

しかし中国という巨大な国をコントロールし、自分達の政権を維持しようとしている中国共産党は、今後も国民が共産党への期待を大きく失わない政策を採用し、経済の安定を図ろうとするだろう。中国の歴史を見ると、民衆(国民)に見限られたとき王朝や政権の崩壊が生じている。

政治的・社会的には今の共産党体制の窮屈さにウンザリしている国民が多いわけだから、共産党政権は中国国民に対して「我々が経済を運営しているから、生活の安定や向上がある」という経済的メリットを強調する必要がある。その意味で、中国政府の政策はしばしば独善的に見えても、最後の一線では国民に見捨てられないことを基本に置いている。指導者選びで国民による選挙がない分、中国政府は世論に気を遣う。余談だが、選挙という授権がある国(多くの先進国)では、しばしばこの授権されたことを理由に国民に人気の無い政策が採用されることさえある。

その前提でいえば、中国経済の崩壊は近いといった見方は短絡的すぎるだろうし、逆に習近平が言っているような「中国の夢」が直ちに実現することもないだろう。恐らく中国経済の成長率は今後かなり下がる。それも中国政府が予想している以上に。それは茨の道だ。財政や金融で支えても、中国は過去の人口構成ではないし、安さをウリに輸出を増やせる環境ではない。ただし、だからといって中国がGDPで見て世界第2位の経済大国である事態は変わらないだろう。米国よりは高い成長率は維持して、その絶対的な人口の多さからGDPの規模で米国に接近する、そんなプロセスを続けそうだ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。