1. 金融そもそも講座

第158回 世界経済が目指す、金融政策の潮流の変化とは

中国特集をもう一回中休みして、世界が目指す大きな経済・金融政策の流れの変化について触れておきたい。それは全方面からの景気刺激策への回帰の流れだ。つまり政策として金融だけではなく財政も、そして構造改革も行なって今の世界的な景気低迷を打破しようというもの。これは最近、金融政策への依存が過ぎていた世界(特に先進国)が経済政策の流れを変えようというものであり、望ましい方向への展開だと思う。今年の5月に伊勢志摩で開かれるG7サミットでも、恐らく同じ方向が確認されるだろう。それは前回も取り上げたように金融政策の限界が見えたことが一つの要因だ。だからといって全方位政策への転換は簡単なことではない。

脱金融依存

2月末に上海で開かれた中国主催のG20は、事前の予想以上に世界経済が直面しているリスクを素直に取り上げるものだった。なによりも中国経済が問題を抱えていることを認めたのが、さまざまな機会を通じて目立った。そして、声明で一番注目されたメッセージは「金融政策のみでは、均衡ある成長につながらないだろう」という部分。それには次のような判断(ある意味では反省)があったためだ。

声明では「過去数年間、G20は成長、投資および金融安定の強化に関し、重要な成果を挙げてきた。我々は、信認を醸成し、回復を維持・強化するための行動をとっている。これらの目標を達成するため、我々は全ての政策手段―金融、財政および構造政策―を個別にまた総合的に用いる。金融政策は引き続き、中央銀行のマンデートと整合的に、経済活動と物価安定を支えるだろう」と言及している。ここまでは当然ながら今までのG20の努力を肯定的に記述している。過去の努力を全否定できないので、こう記述するしかない。実態を知っている我々が違和感を持つ部分だ。しかしここからG20声明は納得性を持ち、「しかしながら…金融政策のみでは」と述べているのである。

これは声明が言う「過去数年間」の実績が芳しくないからだ。声明は最初に「(世界経済は)依然としてばらつきがあり、強固で持続可能かつ均衡ある成長のために我々が期待する水準に達していない」という判断を下している。つまりG20として今の世界経済の現状に不満なのである。G7よりもはるかに幅の広い参加国を抱えるG20としては、「中国、ブラジル、南アフリカなどの参加新興国の経済の不振から目をそらす」ことができなかった。

最近日本の新聞には、BRICSという単語さえ登場しなくなった。一時は世界経済をけん引するとまでいわれたこれら諸国の経済環境の悪化は顕著だ。加えて米国以外の日欧などの先進国経済も弱い。そこで登場してきたのが、「(今まで数年間の)金融政策依存では無理で、財政も構造改革も」というアイデアの強まりだ。G20声明にそれが結実した。

静かな広がり

ECB・ドラギ、日銀・黒田両総裁の「金融政策の発動余地はまだまだ十分にある」との繰り返しの発言にも関わらず、世界経済の回復を目のあたりにしていないマーケットでは、こうした「既に金融政策は限界に近づいている」との認識は、実は静かに広がっていた。

これを書いている3月中旬までの10日ばかりの間に、ECB、日銀、FRB(FOMC)の三大中銀が政策決定会合を相次いで開いた。ECBは昨年12月の小幅緩和がマーケットから不評だったこともあったし、テロや難民問題を抱える欧州経済の低迷、それに2月の消費者物価のマイナスから生じたデフレ懸念で、一挙投入型の金融追加緩和策を発表した。しかしドラギ総裁はその際にマイナス金利に関して「we don't anticipate that it will be necessary to reduce rates further(金利をさらに引き下げる必要性が生じるとは予想していない)」と述べ、これがユーロ相場を急騰させた。マイナス金利の引き下げ幅拡大はこれで打ち止めとの見方が出たためだ。

恐らくドラギ総裁の気持ちとしては、今回これだけやったのだから当面はないと考えたのだろう。ある意味自然だ。しかし一方で、マイナス金利だけでは景気は持ち上がらないとの判断も出てきていたと思われる。実際に欧州でもっとも素早くマイナス金利を導入したスイスでも、マイナス金利が期待した効果を生んでいるとの見方は少ない。金融機関収益の圧迫を通じて一部では金利上昇の動きも見える。マイナス金利は消費者のデフレマインドを強めるとの見方も根強い。

そのような判断もあったのだろう。ECBはマイナス金利の拡充(マイナス0.4%への拡大)のみならず、量的金融緩和の規模を拡大して従来の月額600億ユーロから800億ユーロに拡大すると同時に、一部の適格性のある社債も購入するとした。むしろマーケットでは量的緩和の拡大を取り込んだ“あわせ技”が評価されていた。

あわせ技

つまり金融政策の分野でも、発表・発動してマーケットに効果を出すためにはあわせ技でなければならない時代が始まっているともいえる。今の世界で一番重要なポイントは、やはり需要不足だろう。先進国の労働人口は今年から減少を始めており、人口が世界で最大の中国でも、将来人口の減少を懸念した二人っ子政策を導入する時代だ。加えて世界的な資源価格の低迷で、世界を見渡せば危機に直面している国の数は増えている。従来からのギリシャに加えて、ブラジル、ベネズエラなどだ。今、比較的強い国内需要があるのは米国くらいだ。

そういう意味では、世界経済浮揚には財政、金融、構造改革のあわせ技が必要というG20の認識・指摘は時宜を得ているし、その見方が世界のマーケットで広がり、一部でマイナス金利の中でも長期金利の一部に反発の兆しが見られるのは当然といえよう。世界的な金利低下持続の背景には、政策金利はもっと下がるという観測があった。それがなくなれば、金利水準には修正が起きる。そうした中で最近の世界の株価を見ると、米国を中心にリスクテーク再開の兆しが見える。

しかし問題なのは声明でうたわれたような金融政策に加えて、財政および構造政策を世界各国がいかに具体的に発動できるかだ。アベノミクスを見ても、「金融の矢」だけが突出している。財政も少し出ているが、経済活動全般が強まるような政策の中味は弱い。一億総活躍社会を目指す政策は、大臣まで置いて具体化を急いでいるが、まだ端緒に就いたばかりである。

G20が言う「機動的に財政政策を実施する。我々はまた、質の高い投資へと支出を重点化することを含め、税制および公共支出をできるだけ成長に配慮したものにしている。我々は、強固で持続可能かつ均衡ある成長の実現に向けた努力を支える上で相互補完的なマクロ経済政策と構造政策が果たす役割を再確認する」という財政・マクロ経済政策・構造改革の実施宣言も、声明としては勇ましいが各国に丸投げされている形だ。

よって今後の世界の経済政策は、金融政策での基調的な需要下支えのみならず、時に財政を打ち時に規制緩和など、構造改革を通じて需要創造に向かうべきだと思われる。伊勢志摩G7を主催する日本には、その面で特段の役割が期待される。いずれにせよ、金融政策への過度の依存は、切り替えの時期を迎えたといえる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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