1. 金融そもそも講座

第157回 マイナス金利導入と今後

中国についての連載を続けている最中だが、日銀が1月末に新たな金融政策としてマイナス金利政策を導入すると発表して一カ月。直後の混乱とその後の若干の沈静化の中で、政策の直接的影響と先行きもやや見えてきたので、今回はこの問題を取り上げておきたい。マイナス金利に関しては依然として賛否が渦巻いている。是非は別にしても、その政策が既に実施されて一カ月が経過し、次の措置はそれをベースに打ち出されるという現実が残る。そもそも当局が一度打ち出した政策を簡単に撤回することはない。その意味合いとマーケットへの影響を検討しておきたい。

広まった政策余地

日銀は正式には今回の政策を「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」と呼んでいる。量的・質的金融緩和は以前から行われていて、マイナス金利付きの部分が新しい。2013年春の黒田総裁就任以来、日銀執行部は1年半をめどに物価上昇率を2%に引き上げることを目標としてきたが、原油価格の大幅下落などがあって実現できていない。マイナス金利を導入することによって政策を補強し、目標を達成しようというのが意図だ。

日本ではずっとマイナス金利は「奇策」と呼ばれてきたし、黒田総裁も採用しないと言ってきた。しかし日本の採用以前に世界では実施している国が欧州を中心に多かった。既にスイス、EUなどを中心に広がっており、今年2月中旬にはスウェーデンがマイナス幅を拡大した。昨年導入したEUは今後マイナス幅の拡大を実施するとの予想があるし、日銀も同様だ。

米国も次にリセッションに陥ったらマイナス金利を採用するとの見方がある。イエレン議長も議会証言で「FRBはかつてマイナス金利を検討した」と認めている。世界中の中央銀行が2%の物価上昇率を達成するための方策模索に難渋しており、マイナス金利以外の手段を見出しがたいのが現実だ。そういう意味では、マイナス金利は未知の奇策ではあるが、中銀としていつまでも回避できる政策ではないといえる。

想定されるメリットは、商業銀行の中銀預け入れにマイナス金利がかかる、つまり手数料を取られることになるので、商業銀行が資金を企業や個人に貸し出す大きな誘因になるという点。ここ数年、先進国の中銀が軒並み量的金融緩和に踏み切ったが、それは金利政策の限界、つまり金利はゼロ以下には下げられないという考え方が一般的だったからだ。そのためスイスなどごく一部の国の採用にとどまっていたが、政策余地の狭まりの中で採用が広がってきたのだ。

マイナス金利策は政策余地を広める。なぜならゼロの制約から解き放たれるからだ。これは資産を買い入れるという量的金融緩和の限界に直面し始めていた世界の中銀にとっては魅力的だ。故に広まっているし、今後も採用されると考えられる。

様々なデメリット

しかしマイナス金利政策には根強い反対論がある。日銀の採用も「賛成5、反対4」という際どいものだった。日銀の声明を読むと、「量的・質的金融緩和の補完措置導入直後のマイナス金利の導入は資産買入れの限界と誤解される惧(おそ)れがあるほか、複雑な仕組みが混乱を招く惧れがある」(白井委員)、「これ以上の国債のイールドカーブの低下が実体経済に大きな効果をもたらすとは判断されない」(石田委員)、「マイナス金利の導入はマネタリーベースの増加ペースの縮小とあわせて実施すべきである」(佐藤委員)、「マイナス金利の導入は長期国債買入れの安定性を低下させることから危機時の対応策としてのみ妥当である」(木内委員)との反対意見が掲載されている。

実は日銀のマイナス金利政策には分かりづらいところがあった。それは日本銀行の当座預金を三つの階層構造(基礎残高、マクロ加算残高、政策金利残高)に分割したことだ。しかも「それぞれの階層に応じてプラス金利、ゼロ金利、マイナス金利を適用する」となっていて、発表文をよく読んだ人しかマイナス金利が課される預金(政策金利残高)は当座預金のごく一部だと分からなかったし、逆にそれが分かったら政策の効果は薄いのではないかという疑念が生じた。それが当初のマーケットが混乱した一因だ。

もう一つの市場混乱の背景は、事前に市場との対話がなかったことだ。この点に関しては2月末に上海で開かれたG20でも一部の国から指摘があったとされる。実際の所、日銀のマイナス金利導入の直後から世界のマーケットは大荒れだった。他の要因もあったが、各国の政策当局者の中にはよく思わなかった人がいても不思議ではない。黒田総裁はずっと「マイナス金利はやらない」と言ってきたので、なおさらだ。

これは筆者の想像だが、黒田総裁はサプライズな発表で市場を驚かせ、政策効果を高めようとしたのだ。総裁の前職はアジア開発銀行の総裁だが、その前は財務省で国際金融畑が長かった。局長、財務官として「円高対策」「強力介入」が仕事のかなりの部分を占めた。為替で相場を大きく動かすにはサプライズ(の介入)が必要だ。黒田さんはマーケットとの対峙(円高阻止)を為替の世界で学び、それを成功体験とした。

金融政策にもそのやり方を採用している。当初2回のバズーカは成功した。量とタイミングの対策で為替と似ていたからだ。ところがマイナス金利導入は、効果を生む以前に大混乱を招来した。なぜか。金利は体系だからだ。日銀と商業銀行間の金利をベースに金利体系ができ上がっている。その一カ所をいじるとシステム全体が揺れる。実際に金融界は大混乱になり、金融商品の中には発売停止に追い込まれたものも出た。全く準備ができていなかったからだ。それは反省点だ。確かに日本の金利は大きく下がったが、やり方は混乱を招いた。

それでも広まる

しかし今後を考えると恐らく世界的にマイナス金利(欧米ではnegative interest rate という)は深化し、広まる可能性がある。そのデメリットも様々指摘されている。例えば銀行は当初こそ新たな貸出先を探すが、それが見つからないとなると中央銀行にマイナス金利として取られた分をむしろ貸出金利の引き上げ、手数料引き上げなどで収益のマイナス分の回収に走るのではないかとの見方だ。実際にマイナス金利を続けている欧州の一部の国ではその傾向が見られる。

それでも欧州のマイナス金利幅は拡大傾向にあり、日本も早晩そうなる可能性が高い。それ以外の政策発動余地が狭まってきているからだ。ただし忘れてはならないのは、マイナス金利政策が成功するためには重要な前提があるという点だ。何よりも企業や個人が、金利が安くなったからお金を借りて設備投資をするなり住宅ローンを組もうと思っていなければならない。ニーズがあってこそ商業銀行からお金が出て、それが投資や購買に回って経済活動が活発化する。しかし今はそうなっていない。今までの経済学があまり予想してこなかった事態だ。資金需要はいつでもあるという従来の前提が崩れている。

環境も良くない。「二つの革命」によって世界の物価には強い下方圧力がかかっている。一つはオイルシェール生産の増加。基幹エネルギーである石油価格は1バレル100ドル超から30ドル前後に急落した。著しいデフレ要因だ。また様々な形で生産革命が進む。つまりモノが安くできる時代が続いている。ミャンマーなど振興国の市場経済への参加(安い労力が供給される)によって世界の工場は入れ替わりながら登場し、商品製造コストは継続的に低減している。3Dプリンターなどの技術革新による生産コストの低下もある。

つまり金利を下げれば(マイナスにさえすれば)経済活動が活発化するという時代ではない。欧州各国のマイナス金利政策は既にかなり長期間続いている。にもかかわらず、欧州の病は解消していない。恐らく日本でも、マイナス金利政策だけでは景気の浮揚、デフレ脱却は無理だろう。必要なのは以下のようなことだろう。

  • ・技術革新を背景とする新たな需要創造
  • ・規制改革による需要創造、企業のやる気刺激
  • ・財政政策の機動的発動による包括的な経済政策

とすれば今後のマーケットを見る上では、中銀の政策も重要だが、むしろこの3要素に新たな動きがあるかが、大きなポイントになる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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