1. 金融そもそも講座

第156回 各国経済の強さと弱さ PART29(中国編)
はびこる不正、就労者の知識・経験不足

中国について今回取り上げるのは、はびこる不正と、就労者の知識・経験不足の二つ。ともに中国経済の順調な発展にとって大きな障害になるものだ。後者については誰の目にも明らかだろう。では汚職、賄賂などの不正はどうだろう。まずコストアップにつながる。ということは競争力が低下するということだ。第二に、良いモノや良いアイデアが生き延びるという自然淘汰のプロセスが乱れる。良くないモノ、サービスが残ってしまう。第三に不正利得を得ている者とそうでない者との間に格差が広まり、人々の社会に対する信頼感が消失する。

今の世界を見ても、先進国と呼ばれる国のほとんどは、汚職や賄賂など社会の不正が少ない国であり、中進国にとどまっている国は、ほとんどが汚職の多い国だ。だとしたら中国も、目指す先進国になるためには汚職撲滅がどうしても必要だ。

官民ではびこる不正

習近平政権が推し進める汚職撲滅の実情に関しては後に述べるとして、官の汚職そして民間の商業賄賂が中国でいかに、はびこっているかを紹介しよう。事の性格上、なかなか表面化せず正確な姿は把握が難しいが、中国自身がいくつかの興味深い発表をしている。まず官の汚職に関して。

中国人民銀行や会計検査院の発表を見てみよう。人民銀行は「1990年代半ば以降、1万6000人の官僚が計1250億ドルにのぼる収賄や横領を行った」との試算を公表している。膨大な数だし、その金額も大きい。また中国会計検査院は、05年の一年間だけで補助金がらみで350億ドルが横領されたと試算している。中国の官僚の間にはびこっている収賄や横領など腐敗は桁違いなのだ。中国では、こうした官僚たちの腐敗によって生じる損失が「GDPの3パーセントに達するのではないか」との見方もある。

より具体的に見る。14年10月末に中国最高人民検察院は定例記者会見で、驚くべき事件を公表した。捜査の対象となったのは国家発展改革委員会。中国で経済政策の中枢を担う組織で、大型の公共事業はすべてこの委員会が承認する。逆に言えばこの委員会の同意がなくては国家プロジェクトは動かない。検察院は長期にわたって同委員会を調べた結果、同委員会の役人の中で実に6人が「収賄額1000万元(約1億7000万円)」を超えたと公表した。中国ネットの記事によれば、その中の一人はなんと自宅に2億元(約34億円)を超える現金を隠し持っていたというのだ。これは日本でもニュースになった。習近平政権の汚職撲滅に一般国民が拍手を送っているのには理由がある。

習慣となった商業賄賂

しかし筆者がもっと深刻で中国経済をむしばんでいると思うのは、いわゆる商業賄賂だ。中国でのビジネスに詳しい人は「それはもう中国の習慣です」とまでいう。企業の発注元の担当者が受託先の担当者と組んでキックバックを受け取る(=受託先は売り先を確保出来る)など、実に様々なパターンがあるという。全体的にこうしたキックバックの割合は対象商品、サービスの5%~10%が普通だという。

問題はそれが実に幅広くまん延しているということだ。筆者が興味を持ったのは昨年10月19日付の日本経済新聞の「習主席も止められない 中国ビジネス、腐敗の現場 」という記事だが、この記事には「中国でビジネスをするなら、何かしらの便宜やキックバックは欠かせません。何も無ければ、人は動かない。仕事は永遠にもらえない。ただ、それだけですよ」という担当者の発言が載っていた。実に印象深い言葉だった。これらはいかに、いわゆる「賄賂」が官民を問わずに中国社会にはびこっているかを物語っているといえる。

対して習近平政権は汚職撲滅を進めている。しかし筆者が親しくしている中国人エコノミストは、「残念だが、中国の腐敗は習近平政権がいくら注力してもなくならない。それは子どもの入学、官庁・軍での昇格、病院での診察順序など全てが賄賂の温床になっているからだ」と説明する。つまり社会生活の一部だというのだ。日本にはないが、中国には不正請求を可能にするための「領収書を専門に売る業者」までおおっぴらに営業しているという。

汚職・賄賂がなくならないのは中国の習慣であるとしたら、なぜ習近平共産党政権は汚職撲滅に躍起になっている、または躍起になっている姿勢を示しているのか。それは二つ理由があると思う。一つは統治の正統性が崩れるのを防ぐため。第二はよくいわれる権力の確立、つまり敵対する勢力の排除だ。前者についていうと、やはり「なぜあの人が急に豊かになっているのか」は周囲の人間には分かるもので(持ち物や乗る車を見れば分かる)、かつ彼等が妻子を海外に逃がして何かあれば自分も逃亡するような姿勢を見せていれば、それは国民の間で「共産党の統治に対する疑問」に発展する。習近平政権としてそれは防ぎたい。

習近平政権の汚職撲滅のスローガンは「トラもハエもたたく」だ。最近はトラ退治の対象は官ばかりでなく民(大企業)のトップも対象だ。超有名企業のトップが相次いで突然行方不明になったりもする。しかしハエは叩ききれないほど無数に存在する。日常化、まん延化した商業腐敗を無くせるわけではない。それから見ると、中国が世界の先進国の大部分が持つ「法的倫理観の高い、きれいな社会」を手に入れるのは難しそうだ。

成長への障害

考えてもみよう。賄賂で簡単に豊かになれる社会だったら、誰が長い時間をかけて新しい製品、新しいアイデアを考えるだろうか。多分それは割に合わない。加えて、あらゆる事に共産党の監視の目が光り、人権派弁護士が次々に逮捕され、(一国二制度下にある)香港の反共産党的書籍を置く書店の経営者さえも拉致される。それだけ心理的・思想的窒息状態の社会なのだ。その中で革新的経営、研究をあえてする人は多くはないだろう。新生中国になってノーベル賞を受賞した自然科学者はただ一人だ。その数は日本のそれを大きく下回る。中国を離れた中国人科学者がかなりの数のノーベル賞を受賞していることを考えれば、国内での同賞受賞者の少なさは中国の体制の問題といえる。

もし中国が今の体制故に経済発展の次の段階に入れないとしたら、世界の工場の地位を失いつつある中で、今後国を豊かにする発展を続けるのは至難の業だ。つまり経済の次の段階への発展には、体制や今の統治システムが邪魔という問題が出てくる。汚職撲滅は正しいことだ。しかし何かプロジェクトを進めようとすると、汚職の嫌疑を掛けられる恐れがあるということで、役人達のサボタージュが始まるという副作用も出ている。かといって習近平政権は国民に人気の汚職撲滅を止められるわけではない。

加えて中国には、冒頭に述べた就労者の知識・経験不足という問題もある。無論これはトップの人達の問題ではない。当然だが中国にも優秀な人々はいっぱいいる。問題は平均値だ。いってみれば民度だ。民度とは「特定の地域に住む人々の知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟の程度」を指す。中国は70年代中頃までの文化大革命やその後の一人っ子政策の中での学校に行けない子ども達の問題、それに義務教育の普及の遅れ、戸籍問題を抱えた農民工の増加に伴う離散家族(親は都市、子どもは田舎)などの問題を抱えている。これは各所で働く労働者の間で、思わぬ問題が起きる可能性を示唆する。順法意識、常識、手順に関する共通意識・認識が経路のどこかで欠如するためだ。

日本の強さは国民の教育レベルが高く、国民が一定レベルの倫理意識も共有していることだ。故に世界でも強い産業力を持つ先進国になっている。中国がそのレベルに達するにはまだ多くの課題がある。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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