1. 金融そもそも講座

第155回 各国経済の強さと弱さ PART28(中国編)
国内企業間の競争の欠如、強すぎる政府

中国経済が目指すところは「就業と収入を増やし、質と効率を高め、環境を守ること。経済と社会、自然の流れに沿った科学的な発展だ」(2014年の9月に天津市で開催された世界経済フォーラム主催の夏季ダボス会議での李克強首相の言葉)ということは分かった。しかし問題も多く、特に「質と効率」「環境」について、なぜ中国がこれらの問題で前進できなくなっているのかを取り上げる。前回指摘した「中国国内企業間の競争の欠如、強すぎる政府、はびこる不正、就労者の知識・経験不足」のうち、前二者について書きたい。

質と効率

なぜ質と効率が必要か。それがなければ、その国の経済は中進国から先進国に脱皮できないためだ。確認しておくと、中進国とは発展途上国よりも所得が多いが先進国よりは少ない国々の総称。世界銀行では、一人当たりGNI(国民総所得)が約1000~1万3000米ドル弱を中進国(中所得国)と定義している。中国は1万ドルに届かず8000ドル強。典型的な中進国だ。対して先進国と呼ばれる国のGNIは、ほとんどのケースにおいて3万ドルを超えていて、当然日本もその中に入る。

国際貿易の活発化によって、物価は世界的に平準化の傾向が見られる。よってGNIの多寡はそのまま、その国の豊かさにつながる。GNIの数値が高い方が豊かであり、多くの国の政治家は国民に豊かさを約束する。統治の正統性のよりどころだからだ。中国も当然、中進国にとどまるつもりはなく、将来は先進国になりたいと考えている。しかしそこにはハードルが待ち受ける。国が抱える産業の数を増やし、競争力(質)を高めて世界中の消費者に商品なりサービスを買ってもらわなければならない。それがないと富は生まれない。日本は戦後、競争力のある商品輸出で稼ぎ、今では旅行収支でも稼いでいる。

競争力を高めるためには、産業の効率化が必要だ。効率的できなければ競争力のある産業は育たないし、消費者に認められる商品・サービスの提供はできない。それができずに社会主義は経済運営の方法としては敗者となった。勝ったのは資本主義に基づく市場経済であり、今日世界の先進国は、全ての国が市場経済をベースに経済運営している。そして、その最も大事な前提は企業間の競争であり、産業の民営化だ。日本も国鉄をJRに、日本電信電話公社をNTTにそれぞれ民営化し、産業全体の競争力を高めた。

しかし今の中国では全く逆の事が行われている。例えば昨年秋に、中国共産党と国務院(政府)は「国有企業改革を深化するための指導意見」という文書を公表した。これは中国経済の柱になっている国有企業を今後どう運営するかの方針を示すもの。筆者が驚いたのは、民営化の発想が全くないことだった。国有企業の再編加速や上場促進などにおいて「民間資本を入れる」「企業統治の考え方を導入する」など改革を進めたい雰囲気を出してはいるが、基本的には国有企業をより大きく強くするという発想で貫かれている。しかも共産党の支配優先が明確だ。中には「企業のトップはまた企業内共産党組織の書記(トップ)でなければならない」といった規則もある。経済の根幹をなす企業を中国共産党の支配下にしっかりと組み込もうというわけだ。共産党の支配を企業組織の隅々まで行き渡らせるのが目的となっている。基本的な企業ガバナンスの考え方が、先進国とは全く違う。

官僚主義がまん延

行き詰まったソ連経済を見ても、国有企業が持つ悪弊は明らかだ。自由な発想を許さない官僚主義がまん延し、生産は非・低効率になり、コーポレート・ガバナンスは低下、最後に競争力が低下する。そして結局は行き詰まる。中国の共産党政権が選んだ道は、歴史の教訓から外れたものだ。

むろん資本主義経済においても、企業の所有と経営の分離によって所有者の利益が経営者に侵害される恐れはあるし、実際その手の問題は起きている。しかし様々な監視の目がある民主主義と市場経済の国では、そうした問題は比較的早期に顕在化し、是正される。だが中国は共産党独裁の国であり、その意味では国内には監視の目は一つしかない。あとは世界のマーケットがどう評価するかくらいだ。しかし共産党政権は、マーケットが間違っているといった程度の判断しかしないだろう。最近の危機でもそうだった。とすれば、ますます肥大化し共産党の党員を常にトップに頂く中国の国有企業の今後が、質と効率に満ちたものになる可能性は極めて低い。

この問題に関連してしばしば指摘されるのが、中国における「強すぎる政府」の問題だ。強い政府は、国が開発途上段階にあるときにはうまく機能した。官(政府)が今後伸びる産業を先進国の動向から予測し、国内で動員できる資本と人材をそこに集中させ、輸出を伸ばした。戦後の日本も一時そうだった。中国も、文化大革命の大混乱の後、共産党政権の強い政策があったからこそ、比較的短時間で中進国にまで発展できたといえる。韓国についてもそうだ。

親方五星紅旗

韓国はGNIが3万ドルに接近し、自らも国際機関からも「先進国の仲間入りをした」とされるまで成長した。その過程は、クーデターによる軍事政権樹立が多かった時代から、民主的に政府を形成できるまでになった。その政治プロセスを経て、今の比較的豊かな経済をつくった。この間に韓国は「何にでも口出しする強い政府」を過去の問題とすることに成功した。今では弱い政府といわれているくらいだし、「韓国の経済政策は財閥が決めている」とまでいわれている。それはそれで問題があるのだが、例えばサムスンが世界的な企業となった背景には、韓国企業が自らの力で日本企業などとの競争に打ち勝ったからこそ、今日の経済発展がある。つまり韓国を先進国にしたのは、韓国の企業だともいえる。

しかし中国は国・共産党政権の力で夢──もっと具体的には先進国を凌駕するような豊かな国―─をつくろうとしている。その前提は、共産党政権は万能ということだ。実際に、これまでの中国の発展の過程では、中国政府の政策の大枠は間違っていなかった(このことは第151回で詳しく述べた)。だがそれは人類の歴史から見れば極めて難しい。厳格な体制は現状維持には有効だ。今の北朝鮮のような体制である。しかし経済に影響をもたらす基幹技術や栄える産業、企業が入れ替わり、人々の意識も大きく変化する厳しい環境に対応しようとしたら、強すぎる政府はしばしば重荷だ。あまりに過ぎると人々からレジーム・チェンジの要求や衝動が強く出てくる。

昨年から顕著になった中国経済の鈍化は、今年に入っても続いている。2月初めに国家統計局が発表した今年1月のPMI(製造業購買担当者景気指数)は49.4で、2012年8月以来の低水準となった。市場予想(49.6)以上に悪化し、最近の中国経済を下支えしていたサービス産業の同指数も良くなかった。

常に競争にさらされる民間企業が、効率を何よりも大切にせざるを得ないことは我々も知っている。国が経営に関与する企業はどうしても「親方日の丸」になる。中国バーションでいえば「親方五星紅旗」。組織の内部は弛緩(しかん)し、規律は守られず、かといって新たな製品やサービスを生む精神も低い。最近、国家統計局の王保安局長が突然解任された。中国の中央規律検査委員会が1月末に発表したもので、理由は「重大な規律違反の疑いがある」というもの。

これなど中国的組織の弛緩の最たるものだろう。国家統計の元締めが逮捕されるような国の統計が、信頼されるわけがない。絶対的権限を持った組織も、容易に規律弛緩する。おそらく中国の国有企業もそうだ。今の中国の強すぎる政府は、今後の中国経済の発展にとって重荷になってきている。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

目次へ戻る