1. 金融そもそも講座

第154回「各国経済の強さと弱さ PART27(中国編)」中国の目標 / 守れない環境

今回は、そもそも中国はどのような経済、国民生活を目指しているのかという問題を取り上げる。少し原点に立ち返ってこの問題を見ることで、目標と現実との乖離度が分かるし、その乖離がなぜ生じているかについて考えるきっかけになると思う。前回指摘した、過去の成長パターンが通じ難くなっているのに新しい成長モデルへの移行ができていないという、中国が抱える一番の問題の一端も浮き彫りになると思う。

中国の目標

中国が目指すところに関して、端的かつ明瞭な言葉を残しているのは李克強首相だ。2014年の9月に天津市で開催された世界経済フォーラム主催の夏季ダボス会議で、「就業と収入を増やし、質と効率を高め、環境を守ること。経済と社会、自然の流れに沿った科学的な発展だ」とスピーチした。約一年半前の言葉だが、今振り返るとできていること、できていないことが明確だ。

まず「就業と収入を増やす」に関しては、前進しているとみることができる。中国の労働者の賃金が非常に高くなっていることはこれまでも取り上げてきた。全体的に賃金が上昇していなければ、今中国で起こっている消費の伸び、日本に来る旅行者の爆買いはない。就業に関して数年前には、「中国で成長率が7%を割るような事態になれば雇用の問題が噴出する」といわれた。去年の中国のGDPの伸びは6.9%と7%を割った。しかし今の中国では依然として人手不足、それによる賃金の上昇の方が問題となっている。

中国当局も、景気悪化の中で雇用が維持されていることに関しては自信を持ち始めたようだ。16年1月半ばに開かれたAIIB(中国主導のアジアインフラ投資銀行)の設立総会で李克強首相は、「雇用が予想以上に伸び、GDPの伸びの6割はサービス部門で生まれている」と述べた。ではなぜ成長率鈍化にもかかわらず雇用が伸び、懸念されたような社会不安の種になる失業者の群れが生まれなかったのか。

これに関しては様々な説がある。その中で私が一番納得しているのは、宅配需要の急増だ。日本でもネットでの発注増加によって街中を配送車や人力によるエコ配送などの忙しそうな移動が見られるが、それは中国でも事情は同じ。アリババで何かを買えば、必ず配送が生じ、そこには雇用が生まれる。中国に足しげく通う友人の中国人エコノミストは、「この分野の雇用吸収量はすざましい」と教えてくれた。

質と効率

では李克強首相の次の言葉「質と効率を高める」はどうだろう。日本でもそうだが、これはできているところと、できていないところがあると思うが、全体的に見ればまだかなり遅れているといえる。これがうまくいっていれば、15年の中国の輸出が前年比2.8%も減少するはずがない。なぜなら、生産効率を高めて質の高い製品を作れるようになっていれば、中国の輸出は落ちなかったはずだからだ。

逆に、今の中国経済はベトナムやバングラデシュに競り負け、中国企業でさえも脱中国、海外生産に踏み切るところが多いとされる。それは労働賃金の上昇に見合った形で生産が効率的に、かつ質的にも高いレベルで実現していないことを意味する。実は15年には中国の貿易総額は6年ぶりに減少に転じ、前年比8.0%の減少となった。これは輸入が14.1%も減少したことが大きい。中国の15年のGDPは6.9%のプラスだから、この貿易総額の減少とGDPの大幅プラス(先進国の成長率から見れば)には大きな違和感がある。

むろん、中国が主な輸出相手国・地域としている欧州経済の不振などがあったが、中国国内の要因も大きい。そもそも中国の旅行者が日本に来て爆買いといわれる買い物をするのは、それらが製品品質、ブランド力を含めて中国で品ぞろえできないことを意味している。かつては日本人も欧州や米国で爆買いをした。しかしそれはブランドショップで売っている高級品の類いが中心だった。中国の旅行者の場合は、工業製品、医薬品、食品など幅広い製品に及ぶ。それは安全・安心という一番基本の質のところで、依然として中国が大きな問題を抱えていることを意味する。

ではなぜ中国経済の効率と質が高まらないのか。働く人の所得を考えてみると、中国の方々が例えば月4~5万円もらっているとして、これは日本の大企業の初任給20万円と比べれば依然として非常に低い。だから効率と質を本気になって高められれば中国産業の競争力はかなり高まるはずだ。しかしできていない。中国国内企業間の競争の欠如、強すぎる政府、はびこる不正、就労者の知識・経験不足などなど。この問題はまた別の回で取り上げたい。

守れない環境

李克強首相の掲げた「環境を守ること」は、はっきりいって全くできていない。むしろ年々悪化しているように見える。中国は大気中の微小粒子状物質PM2.5を含む汚染指数について目安を決め、最悪レベルの危険を「301~500」と設定している。しかし去年の秋から今冬で見ると、危険レベルはたびたび発生し、それをはるかに上回る「指標超」も複数回起こっている。当初は広く世界のマスコミに取り上げられたが、最近ではあまりニュースにもならなくなった。それが普通になってしまったからだ。

大気汚染は北京や上海など数多くの都市を悩ませている。あまりの悪化に日本を含めて各国の企業が駐在員の一時避難とか、事業所の他の都市への移転を検討するほどだ。汚染源は石炭。中国のエネルギーとして石炭が一番安く、家々の暖房をはじめとして工場がエネルギー源に石炭を使っているためだ。中国政府はエネルギー源の転換を図っているが、コスト上昇などもあり、なかなかうまく行かない

大気汚染が悪化すると都市内、および都市近郊の石炭使用工場の停止や、都市に入る車のナンバー規制(偶数・奇数で都心に入れる日を限定)を繰り返しているが、それは経済活動の障害となる。景気悪化には拍車がかかる。その意味で今の中国は、環境維持と経済活動の再活発化で非常に難しいバランスを取る必要に迫られている。「環境を守る」は国民に対する約束でもあるので、それがちっともできない政府に対する信頼感の低下にもつながっている。「経済と社会、自然の流れに沿った科学的な発展」については、おそらく革命を経て今も共産党の一党独裁で政治をしているという現実に沿って経済の発展を図るという意味だろう。しかし今の中国が「科学的な発展」になっているかは大いに疑問だ。そうではないが故に、世界のマーケットが懸念している。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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